私たちの声はよく似ているのでどれも混ざる、来年も私たちは五人でいるだろう――。
 同じ高校に通う仲良し五人組、ハルア、ナノパ、ダユカ、シイシイ、ウガトワ。同じ時を過ごしていても、同じ想いを抱いているとは限らない。少女たちの瞳を通して、日常を丁寧に描き出す連載小説。

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15 ダユカ

 テーブルは軽く椅子もトレーも軽く、私たちは自分の体重で押さえつけながら使っている、そうしないとソースとかのぬめりポテトの油で、滑り出すかと思われる。「まだ来ないねシイシイ、待つべき?」「英単語のと、古文単語のも残って再テストだもんね」「何でそんなことに」と笑う、テスト前の休み時間十分で、覚えればいいのにねと。ハルアはナゲットにおもちゃがついたセットにいつもしていて、一つだと争うから二つ溜まれば弟妹にあげるらしい、二つあっても種類が違えば争うらしい、それでも何かあげたいらしい。ウガトワはバイト姿で凛々しい、時々テーブルを拭く素振りで私たちに近寄ってきてくれて嬉しい。バイトから帰ってご飯食べて課題やって寝てまた学校なんて、私には信じられない、ウガトワにとって自分自身はもう信じるに足るものだろう、いつでも大人になれる準備だろう。
 ナノパが、「どう?先輩は。先輩が、結構先輩は乗り気だったって」とあっちから身を乗り出してくる。「先輩先輩言って、どれが誰か分かんないよね」「いやでも、名前出すと誰かに聞かれちゃうかもだから」とナノパは恋バナが好きだから、目を輝かせている。好きというか、恋バナからしか、ナノパの考えてることは浮き彫りにならないというか、他の話は、言ってもどうせ人には伝わらないだろうという顔でいるのがナノパだ。確かに恋の話は伝わりやすい、違いが大きく出ない。「ダユカ、紹介してもらったんだ」「ハルアは堺がいるもんね?」「私に堺は別にいないけど。どうダユカ、先輩の友だちの先輩」「でも先輩だから、同じ教室にいないからさー、校舎も違うし良かった。やっぱ絶対に比べちゃうもん私。恋愛で自信がつくのか、自信があるから恋愛なんてできるのか、分かんないよ」と私はハルアにつられておもちゃのセットにしたのを、写真を撮って先輩に送ったのでもう特にいらないのを捏ね回す、ハルアにあげれば良いのか。シイシイがやっと来る。
「恋愛リアリティ番組見たらいいんじゃない」「ラブ何とかみたいな題名の」「たいていラブ何とかでね」「でもほとんど演出じゃない?あんなの」「でもラブには演出が必要なんだって、分かるだけでもいいんじゃない、サプライズとかセリフとかさ。凝る奴って相当凝るんだなっていう」「好きならそれが素敵だし」「好きじゃなかったら悪夢だし」「友情には演出いらないのにね」とシイシイが言う。「えーいや、いるんじゃない?」とハルアが答える。「あ、もしかして家族にも演出いる?演出がないから、私たちは姉妹っぽくないのか。何しても、悪夢ってことにはならないか。でもラブと違って、告白もキスもないよ。驚かせたりうっとりさせる必要もない。何があるわけ?楽しいだけがあるわけ」「そうだね、私なんかは弟妹に、楽しいだけを提供してるよ」「弟妹からは?」「特に何ももらってないよ」とハルアは答える。
「弟妹が家に来て、私の自我は芽生えたっていうか、自分で考えるようになった、青春が終わったっていうか」「ああ、青春の間は自我は芽生え切ってないってこと?」「青春が終わったも言い過ぎだけど。考え抜くと、青春って明ける気が。何でも終わってから、そうだったって分かるもんだから、やっぱり何かは終わったんだと思う。じゃあそれが弟妹からもらったものってことでいいかな」とハルアが笑い、ハルアは笑い過ぎる、友だちとの付き合いでできるだけ笑顔を有効になんて、そんな使い方をしなくてもいいのに。でも無理して笑わなくていいよなんて言って、本当に笑顔が向けられなくなればつまらない。忙しい人から帰る、ハルアとナノパが帰る。「先輩からLINE返ってきたらすぐ教えてね」と言い置かれたけど、恋愛を語っていれば自分についてまで、考えが及んでしまうんだから良くない。暇だから自分なんて省みてしまうのか、頭は、青春なんて早く終わらそうと必死に考えているんだろうか。ナノパなんて恋がダメでもスポーツもあって、ナノパとソフトボールをやろうか、ウガトワに倣ってバイトでもいいか、自信がありそうな子の真似をしてみればより良く変わるか。お姉ちゃんは真似するには遠い存在になってしまった、私が働くようになれば、また参考になるだろうけど。
 お姉ちゃんは妹に舐められたくないのか、最近自分の失敗は語ってくれない。私は何でもお姉ちゃんに話し、私の思い出の記録係のように使っている、お姉ちゃんもそうすればいいのに。私の方が記憶力は劣るけど、あったことは誰かに言っとかないと、なかったようになってしまわないか。彼氏と上手くいってる時は自慢してきて、上手くいってない時の気の持ちようとか外れた道筋からの戻し方とか、そういうことをこそ知りたいのに。先輩からLINEが、私の送ったおもちゃの写真の後に「かわいいおもちゃだね」とだけ返事が来てて、また私から次の話題を出さなきゃいけない。私には話術もない、と窓のガラスを鏡にして眺め思う、何を何で補えばいいだろう。「先輩のLINE」と見せて、「私のことはかわいいと思いますか?って送ってみようかな」と言うと、「ダメだよ怖いよ。恋って、相手に怖いと思わせたら終わりみたいよ」とシイシイは笑う。でも聞きたいことは本当にそれだけなんだけど、うんと言ってもらえる確率が上がるまで、かわいいなんて何もかも込みで複合競技なんだと考えて、我慢強く多くを積み重ねていくべきか。
 私が私の魅力を、引き出し切れていないだけかもしれないとも思うので、「シイシイが私の顔にメイクしてみてよ」とお願いする。いいよ、でもここじゃあね、移動しようかとなって、私たちはトレーを返し、ウガトワに手を振り、今は暇なのかウガトワは、「この人がお世話になってる先輩」と紹介してくれる、私たちの周りは先輩でいっぱいだ。これがウガトワがよく怠そうに言ってる先輩か、でもいい人そうではある、お姉ちゃんみたいな感じか、でもお姉ちゃんってやっぱり何か押し付けがましいもんなと私は思う、どんなに良い事を言ってても、上から降ってくるものは振り払いたくもなるものだから、恵みの雨でも。駅ビル内を移動しいつも空いてる、全身鏡のあるトイレで、シイシイは洗面台にメイク道具を広げる、私のも混ぜる。
「シイシイはさ、だって妹と家で喋らないんでしょ?じゃあ意識するもないだろうけどさ、こっちはお姉ちゃんがずっと自慢してくるんだよ。そんで私は、考えの起点にお姉ちゃんを置いちゃうんだよ、もはや自分でもないもん、起点が」「人なんか、そんな自分の中心に置けるものかな。自分がないわけじゃないでしょ?わあ全然、人の顔だと違うもんだね」とシイシイの指が迷っている。シイシイはふいに心無いことを言ってきたりするので、こちらは傷付くのは覚悟の上でいる。「私の顔やりにくい?」と問うと、「悪いとかじゃなくて、立体の感じ?おうとつがやっぱ一人ずつ違うんだな。肉のつき方、骨の出方」「メイクさんとかなら、ファンデーションとかいっぱい持ってて、今日のその人に合うやつを一瞬で見分けられるのかな。あんま塗っては取ってやってたら肌荒れさせちゃうもんね」「誰にでも万能なファンデがあるんじゃないもんね。私そういうの好きかも、なりたいかもメイクさん」「でもシイシイ、メイクしてる間上手くトークできないんじゃない」「うん、黙っとくわ」「今の、トーク上手くないってことじゃないからね」「できないよ、大丈夫だよ。自分が思ってることって、人も絶対思ってるって私は思ってる。バレてる」とシイシイは言い、私は、じゃあ私の何がバレてる、と恐ろしくなり、これでもう人前に出られなくなってもおかしくないくらいだ。
 シイシイが言葉を続けないのは、下手だからもう喋らないのか、黙ったままでいてさっきの失礼を分からせたいからか、私は一旦顔を引く。「ごめんね」「え?何だっけ」とシイシイは不思議そうにし、指が私の顔を追いかける。もう忘れたならいいか、傷付けたなら良くないか、言ってしまったことは手放したことなので取り戻せない。「メイク上手くなって、妹にでもやってあげようかな」「そんでお金取ったら」「いや、それで妹から尊敬されるだけでいいよ」とシイシイは答え、「お姉ちゃんを尊敬、っていうのはあり得ないかな。羨み妬みくらいが最高レベルじゃない、姉に対してっていうのは」と、私は私の実感を言っておく。鏡越しにシイシイを眺める、もうシイシイの、前髪と後ろ髪の分かれ方まで羨ましい時がある、自分の髪にも自信はあるけど。髪も、どう頑張ってもそう変わらないものの一種というか、自分らしさのあるのが生えてくる、押し出されてくる。鏡には目の前に自分がいて、中心にいて近くにいて、私は見てられない、目を逸らす。