「向き合う」ことと「前向きになる」は違う

山崎 「がんと向き合う」って大事ですよね。

桜井 対決するのでも、逃げるのでもなく。

山崎 「日陰者」街道まっしぐらだと思っていた私にとっては、乳がんを経験した先輩から話を聞いたのも、気持ちを切り替えるきっかけになりました。「普通に旅行にも行くし、仕事を続けている人もたくさんいるよ」って。「あ、そうなんだ」と思えるようになった。具合が悪いときはがん患者、それ以外は普通の人でいればいいんだ、と自分のなかで整理がついたのです。

桜井 私は入院中に出会ったある新聞記事で考え方が変わったんです。私と同じ歳で乳がんになった方が、その後大学を出て資格をとって、いまは病院で患者さんのために働いている、と。「このままいまの仕事だけで人生が終わっていいのか」という気持ちになりましたね。

山崎 そうよね、好きなこと、やるべきことを優先したい。そうしたら、そもそも自分が何を好きだったのかさえわからなくなっていたことに気づいて(笑)。これはマズいと。

桜井 私も「死ぬんだ」と思ってたのに、記事を読んでからは「自分もこんなふうに生きたい」って変われました。

勝俣 大病を患うとPTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥ってしまう人がいます。一方で、PTG(心的外傷後成長)といって、逆に人間的に成長する人がいることもわかってきたんですよ。人生や仕事における優先順位が変わるとか、自分の強さを認識するとか。もしかすると、お二人はその領域にいるのかもしれません。ただし、勘違いしてほしくないのですが、がんに「向き合う」というのは、「前向きになる」というのとは違うのです。

桜井 私は嫌いだなあ、「前向き」って言葉。横でも下でも後ろでも、自分が楽なほうを向けばいいじゃない、と思う。

山崎 たまに前向きな日もあったほうがいいと思うけど、「ずっと前向き」な状態って、健康な人でもしんどいでしょう。

桜井 そうそう。患者さんたちにお会いすると、よく「桜井さんは前向きでいいですね」と言われるのだけれど、「ノー、ノー」って(笑)。9割は横か後ろを向いてるんだから。

山崎 まったく同感。でも、周囲の人は、前向きでいてくれたほうが助かるんですよ。

桜井 わかるけど、その期待に応えようとして、無理やり前向いて歩くと、こけちゃうわけ。当事者としてはしんどいですよね。

勝俣 おっしゃる通りです。私は患者さんのご家族にアドバイスするときに、「『頑張れ』と『前向きに』は禁句です」と言うんですよ。励ましのつもりでも、患者さんにとって、こんなにつらい言葉はないですから。本当は、言葉などいりません。さっきの山崎さんの旦那さんのように、黙って聞くだけでいいのです。

著書でも医療にまつわるフェイクニュースの罪深さを問う勝俣範之さん