イラスト:大塚砂織

 

誰も「望まない呼び方」をされない国

「僕の名前はStoryです」

中国系の男子学生にそう自己紹介されて驚いた。母国語での本名の読みに近い英単語を通名にしたのだという。

社会人留学で渡米して8ヵ月ほど。新しい学友ができるたび、「通名」で暮らす人の多さを実感している。ウィリアムという名の大統領でも、公文書に「ビル・クリントン」と署名して認められる国だ。

出生時に授かった名前と同じくらい「preferred name(本人が呼ばれたい名前)」が尊重されており、発音しづらい氏名を英語風に改める外国人も多い。

また、日本では銀行口座を開設する際に戸籍名しか認められないが、こちらは違う。私は普段、結婚相手の姓と自分の姓を組み合わせた「複合姓」を通名として使っていて、銀行口座もその名義で作ってある。

先日、大学の「文化多様性支援課」窓口で、学生名簿の表記を通名へ変更する手続きも済ませた。レターサイズ1枚の簡単な書類にサインするだけで、成績や卒業の証明書まで「法的な名前」でなく「望む名前」で発行してもらえる。理由や事情の説明はいっさい求められなかった。

書類には「Which pronoun(s) do you prefer to be called?」、つまり、名前のほかに「呼ばれたい三人称」も選びなさい、とある。「He(彼)」と「She(彼女)」のすぐ下は「They(彼ら)」。多重人格者が選ぶ項目? と不思議に思ったがもちろん違って、これは「特定の性別を想起させない三人称」として新たに提唱されている、「単数形のthey」のこと。「彼」でも「彼女」でもなく、「あの人」くらいのニュアンスだろうか。

「男でもあり女でもある」または「男でも女でもない」という性自認で生きるトランスジェンダーの中には、この選択肢に救われる人々も少なくないだろう。「名前のみで呼び、三人称を使わないでほしい」という項目も選べるようになっていた。こうした申請は学生名簿に反映され、全学教員に事前通達されるので、授業中に学生が「望まない呼ばれ方」をされることはなくなる。

本名至上主義の日本でもさほどの不自由は感じなかった私だが、なるほどこれが「個人の自由」を徹底する国か、と感心したのだった。