桐野 いまも日本は、生殖を国家が管理しているということです。ピルの解禁が遅れた結果、避妊法はコンドーム至上主義。避妊は男性にゆだねられているわけです。初期の人工妊娠中絶の約8割は子宮内を掻爬する手術法が採用され、女性に苦痛と罪悪感を与え続けている。

昨年、ようやく経口中絶薬が承認されましたが、薬代だけでなく検査費や入院費も必要になるので、結果的に10万円はかかるそうです。

板垣 アフターピルは病院に行かなければ処方されず、保険もきかない。望まぬ妊娠に至ったら中絶手術を受けるにもさまざまなハードルがある。若年層が親を頼れなかった場合、どうやって10万円を用意するんでしょう。

桐野 私には、男たちが女に罰を与えているようにしか見えないんですよね。新生児の殺人・遺棄事件が問題視されていますが、罰せられるのは女性だけ。

フランスでは16年に「買春処罰法」が成立しているのに、日本では買う側が罪に問われることはありません。売春する側には、経済的なことや騙されて斡旋された、といったさまざまな事情がありますよね。

これが、家父長制がもたらす性別役割分担を強いてきたこの国の仕組みなんだろうと思います。根が深いですよ。

板垣 性被害撲滅を訴える「#Me Too」運動は画期的でしたし、一定の成果をもたらしましたが、揺り戻しもあるでしょうか。

桐野 「伝統的な家族制度を見直そう」といった反動的な意見が出るようになったのも、揺り戻しのひとつでしょう。ミソジニー(女性嫌悪)の増加も感じますから。

板垣 榎さんを「早すぎた」と言う声はありそうですね。

桐野 かといって、いまの社会のままでは結局同じ人生を辿るだけのような気もします。残念なことですが。

『オパールの炎』(桐野夏生:著/中央公論新社/1870円)
『オパールの炎』(桐野夏生:著/中央公論新社/1870円)は『婦人公論』2022年12月号~2023年11月号に連載された(連載時のタイトルは「オパールの火」)