最期まで暮らし続けられる「町」
近山さん、佐々木さん、櫛引さんとも、いまも「ゆいま~る那須」の自宅から、那須まちづくり広場に通勤しています。いっぽう、この間にコミュニティネットワーク協会は、東京都多摩市でのUR団地の再生や、豊島区で空き家を改修して住宅困窮者に提供するプロジェクトなども手がけてきました。
「施設はケアプラス住まいで、ケアが主になる。でも、ここでは住宅が主で、住宅・プラス・ケア。メインは住むこと。人生100年時代の住居を考えた」と、近山さん。那須まちづくり広場という「町」には、就労する職場や、文化的な環境が必須だと言います。「大事なのは文化。アート、音楽、本、映画……そうした文化がないと、日々を楽しめない」。知的活動が満たされて初めて、その場所が住んで良い場所になる。文化が必要なのは若い時だけじゃない、高齢になってからも、文化度はQOL(生活の質)に関わる、と説明します。
そのため、那須まちづくり広場のイベントは、カルチャーセンターを併設しているような充実ぶりです。ほぼ毎日、何かしらの文化教養・娯楽プログラムが催されています。アートギャラリーでの作品展示もあれば、音楽室を使ってのワークショップや演奏会・発表会、健康作りのためのエクササイズ教室や、町の外から専門家を招いての勉強会まで。例えば7月には、若年性認知症の当事者患者を招き、認知症についての勉強会をしました。
そうした講演会は、「町」の外からも聴衆を呼び込みます。高齢者の「町」に他の世代も訪れ、交流や活気をもたらします。しかも、イベントの多くは住民参加型。サ高住などの入居者自ら、手を挙げて、企画を考えたり、展覧会や演奏会を実施したり。
「ここでは高齢者も、働けるうちは、働くことができます。みんな元気なうちは、社会の構成員として週に何時間かでも、働くんです」と近山さん。バリバリの現役営業ウーマンの佐々木さんだけでなく、ほかの入居者たちも、「町」の中に仕事を見つけて働いています。数時間交代で店舗の売り子をしたり、運転手を買って出たり。そうした労働の報酬は地域通貨でやりとりし、互いに出来ることを交換しあって助け合います。
もちろん、「町」の水が合わない人や、事情が変わってしまう人もいます。その場合、サ高住は退去することが可能です。入居時に前納した1千万円以上の前払い家賃から、住んでいた期間の家賃を日割り計算で差し引いて、お金は戻って来ます。第1期の入居者にも、やはり東京がいいと、すでに都内に戻った人もいるそう。こればかりは、住んでみないと分かりませんから。いまサ高住に暮らしているのは、文化的な活動の好きな、シングル女性や夫婦がメイン。もともとの那須町の住民よりも、都内など町外から転居してきた人がほとんどです。
ただし、問題は立地でしょう。家もサービスも魅力的とはいえ、東京から新幹線で片道1時間は距離がありすぎ、往復で1万円以上もかかる新幹線代はバカになりません。都内に仕事などでしょっちゅう行き来する人は大変そうです。もう少し都内に近いエリア、埼玉とか神奈川とか千葉とかの私鉄やJRの急行で1時間程度の郊外に、この那須のような「町」ができれば良いのに――そう思うのは、モトザワだけではないようです。
近山さんは「フランチャイズ化も考えています」と話します。すでに問い合わせや、具体的な相談も来ているそう。それは楽しみです。廃校などの既存施設を活用する那須のスキームなら、どの市区町村でも再現できそうです。退職金で支払えて、年金で住み続けられるサ高住と、最期まで「切れ目なく」暮らし続けられるサービスと文化のある「町」が、いま住んでいる地域にあったら。そうしたら、シングル女性が「老後の家がありません!」と、右往左往しなくてもよくなるでしょう。
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