ある日、「今度から私も仕事で帰りが遅くなるので」と預かるのを断った途端、彼女の態度が豹変した。以来、つきあいは最低限の挨拶だけにして距離をおくようにしたのだが、話しかけられればむげにはできない。
ひときわ残酷と感じたのは、子どものいない私に向かって放った「私、本当はもう1年早く子どもを産みたかったなあ」という一言。私たち夫婦は子どもはもたないと決めていて、本音を言えばその言葉がさほど胸に突き刺さったわけではない。
だが、彼女はそんなことを知らない。私が子どもがほしくてたまらない状態だったら? ひょっとして不妊治療の最中だったら? 大げさではなく、その言葉をひきがねにうつ病になってもおかしくはないだろう。
さらに、彼女の2人目の子どもが2歳になった頃、たまたまエントランスで一緒になった際、「下の子も大きくなってきたから、3人目がほしくなっちゃうんだよねー」と、唐突に言われた。これも、仮に私が子どもを切望している女性であったなら、心を深く傷つけるに十分な言葉だ。彼女の心に潜む意地の悪さが見え、縁を切って正解だと思った。
私の友人たちは、女子会の席でも子どもの話はほとんどしない。こうした友人らの態度を標準と思い、《子どもアピール》をしてくる人に対し、過剰に拒否反応を示してしまうのかもしれない。
だが、相手の置かれている状況に想像をめぐらすことができず、自分中心の話題に終始する人とのおつきあいは、やはり遠慮したいものだ。