失われたものたちの国で

著◎深沢レナ
書肆侃侃房 1300円

自分で読まないと
意味がない

詩のような小説、小説のような詩。あるいは、詩でもある小説、小説でもある詩。深沢レナの『失われたものたちの国で』は、言葉が生みだすイメージによって、わたしたちを未知の世界に連れ出してくれる短編集になっている。

心当たりのない葬式に参列している男の話「埋葬」を皮切りに、〈夢追い人〉の生態を綴った「夢追い人とハイエナたち、および地下の生活について」、アパートの入居規則が列記されている「猫影荘」、本の守り人の話である表題作、声を持たない姉と姉の言葉の代弁者である妹の物語「声の姉妹」などを経て、教えられた生き方を忠実になぞるばかりの人々の中から生まれた、〈壊れ物〉の少年の誕生を描いた「はじまり」へと至る16編は、どれもとても短い。短いのだけれど、濃い。それぞれの物語から立ち上がってくるイメージの乱反射の癖が強くて、粗筋を紹介しても意味がない。何か伝えたことにはならない。

〈くろい、くろい、あめのくろい、よる〉にやってきた3人組。彼らにとらえられた娘の〈わたし〉がオノで肩を切りおとされる横で、熱心に絵日記を書いている父親。日本の昔ばなしを下敷きに、父娘の役割の反転を綴ったホラー譚「てなしむすめ」。自転車を二人乗りで走らせる歓びと高揚を臨場感たっぷりにとらえた「自転車が揺れる」。

散文詩のごときこの2編をはじめ、深沢作品はどれも、自分で読まないと意味がない。並んだ言葉をひとつひとつ、舐めているうちに色が変化する飴玉を口中で転がすように味わう。表情を変えていく言葉の様子を楽しむ。すると、いつしか今此処から連れ出され、見たことのない光景に出合うことになるのだ。長編も読んでみたい。