『ケミストリー』著◎マウェイク・ワン

 

愛とキャリアと家族と人種の間で彼女が選んだ結論は

リケジョという略称も一般化した「理系女子」。本書は中国系の女性化学研究者を語り手とした、アメリカの大学が舞台のキャンパス・ノベルである。著者自身も公衆衛生学の博士号をもつ中国系アメリカ人。ボストン大学で美術学で修士号を取得するために書いた作品がそのままデビュー作となり、いくつもの文学賞を受賞した。

舞台はやはりボストン。主人公の〈わたし〉は大学院で化学博士号の取得を目指していたが中途で研究を放棄し、いまは精神科医のカウンセリングを受けている。同じ研究室の仲間であるエリックと同棲を始めたが、順調に成果を挙げる彼との関係はぎくしゃくし始め、精神的に追い詰められてしまったのだ。

典型的なアメリカの中産階級で何不自由なく育ったエリックには、家族の重い期待を背負った〈わたし〉の悩みがうまく理解できない。薬剤師の資格をもつ〈わたし〉の母は、渡米して工学を修めることにした父を支えるため、自分のキャリアを捨てた。そのことが両親の間に亀裂をもたらしたことを知るからこそ、エリックとの結婚になかなか踏み切れないのだ。

アメリカで生きる若いアジア系女性が社会で直面するジェンダーやエスニシティにまつわる諸問題という重たいテーマを扱いつつも、理系・文系にまたがる教養をユーモラスにちりばめつつ簡潔な言葉づかいで綴られているのがよい。〈一メートルというのは、彼が行ってしまってからわたしが食べたチョコレートの長さだ〉といった表現には、村上春樹の影響も感じられる。

日本の企業や大学でキャリア形成に苦闘する女性も、この主人公の迷いや最終的な決断に共感できるはずだ。

 

『ケミストリー』
著◎マウェイク・ワン
訳◎小竹由美子
新潮社 2000円