結婚直後に父の《借金》が発覚

6歳の頃から私が進駐軍のキャンプで歌うようになったのも、お金の事情がからんでいました。父曰く、私をステージに上げた理由は「引っ込み思案で無愛想な性格を直すため」だったそうですが、それは表向きの理由でしょう。

ジャズミュージシャンだった父は宵越しのお金は持たない人で、仕事でもらったギャラはすべて打ち上げでパーッと使ってしまう。

私が5歳のときに母と離婚して、その後も再婚、離婚を繰り返すなど、何ごとも行き当たりばったりな人でしたから、父が働いて、私も働くことでうちの家計は回っているのだということを幼いながらにわかっていました。そう言われたわけではないんですが、私は歌わなきゃならないんだ、と自覚していて。

小学生ですから、放課後は友達と遊びたい盛り。「帰ってこい!」と、ピーッと合図する父の指笛が家のほうから聞こえたら、帰宅して仕事に行かないと怒られる。だから、その頃は歌うことがちっとも楽しくなかったんですよ。ギリギリまで校庭で遊んでいたのが、せめてもの抵抗でした。(笑)

11歳でプロダクションに所属し、社長の家に下宿しながら芸能活動をしました。『シャボン玉ホリデー』などのテレビ番組に出演し多忙を極めて。でも、歌の仕事は早く辞めたいとばかり思っていました。

それにはお嫁さんになって家庭に入るのが一番と思い、同じ歌手の仕事をしていた佐川満男さんと24歳のときに結婚。すぐに娘も生まれて、ようやく仕事を休むことができました。

ところが、その直後に父の《借金》が発覚! 正確に言えば、かつて父が社長を務め、私が所属していた事務所が払うべき税金が何年にもわたって未払いのままだったのです。延滞金も合わせるとかなりの金額の督促状が、税務署から私のところに届いて。

たぶん父に連絡してもなしのつぶてで、私のところに回ってきたのでしょう。父に「督促状、うちに来たわよ」と言うと、「ああ、そうか」とだけ。そこでケンカはしなかったですね。それまで「歌を辞める辞めない」でいっぱいケンカしてきましたから(笑)。でも何食わぬ顔で、「佐川君に払ってもらえばいいだろう」って言ったんです。