「母からは「私が死んだら灰は適当に撒いて」と言われていました。ただ、特に文章に残しているわけでもなく、茶飲み話のなかでちょっと出てきたくらいだったので、すっかり忘れてしまっていて……」(酒井さん)

 

中途半端に希望を聞くとかえって面倒くさい

酒井 私は30代で父を、40代で母を、そして最近兄を見送っていて、いわゆる「生育家族」がもういません。母とは「死んだらどうする」という話が少しはできていましたが、父親とは、この話をしたら父は壊れちゃいそうだなという感じで、できなかったです。

島田 人によって、「死」という言葉を聞いたときの感覚が違いますよね。以前、大竹まことさんのラジオ番組に呼ばれてお葬式の話をしたことがあって。「たとえば、大竹さんが亡くなったとしたら」と言ったら、かなりイヤな顔をされました。

 わりと男性のほうが、死について考えるのを怖がりますよね。

酒井 女性のほうが「生死」に触れる機会が多いからではないでしょうか。家事は男性もするようになってきたけれど、介護となるとまだまだ女性が担い手になるイメージが強いですし。女性は生理や妊娠・出産なども含めて、生きることや老いることの生々しさを、肌で感じています。だから、慣れざるをえないのでしょう。

 ペットを飼う、飼わないの論議になったとき、「死んだときつらい」と言うのはたいてい男性ですね。

島田 酒井さんはお母さんとどんなお話をしたんですか?

酒井 母からは「私が死んだら灰は適当に撒いて」と言われていました。ただ、特に文章に残しているわけでもなく、茶飲み話のなかでちょっと出てきたくらいだったので、すっかり忘れてしまっていて……。お墓に入れている最中に「あっ!」と思い出したけど、今さら言えない、みたいな。(笑)

 葬儀やお墓に関して曖昧にしておくと、遺族はけっこう迷うし、あとから「これでよかったんだろうか」と悔いが残る。だからこそ、文書化することが大事だと思います。

島田 茶飲み話みたいな感じだと、ときによって言うことが違っていたりもするので、なまじ中途半端に聞いていると面倒なことにもなりますよね。

 聞いていなかったら、社会の慣習通りにやればいいわけですしね。

酒井 その流れに乗っていたほうが、遺族は楽だったりします。

 まぁ、死人に口なしだから。

酒井・島田 (笑)

〈後編につづく