「ある日、私が娘の家から帰ったら、アジのお刺し身が出てきてびっくり。『美味しい』と褒めたら、よほどうれしかったのでしょうね。翌週から次々と魚料理を作ってくれるようになりました」
凝りはじめたらとことん追求するタイプの夫。魚以外の料理も店主に教わって、やがて週末の夕飯は夫が担当してくれるように。
「今年はじめに定年を迎えてからは、平日でも、釣りに出かけた日の食事は夫が作るようになりました。居酒屋のご主人に仕込んでもらったおかげか、片付けも完璧なんです(笑)」
夫が釣りに出かける日は、台所仕事から解放され、趣味のパッチワークがはかどるのがうれしいと語る葛西さん。今後は、自宅でパッチワーク教室を開く夢も描いているそうだ。
お互い勝手にやりましょう
葛西さんと同じく、夫の定年退職をきっかけに家事のスタイルを変えたのが、浅野澄子さん(70歳)だ。同い年の夫は仕事人間で、家事はもちろん、子育てもすべて妻に任せきりだったという。
夫の定年後、浅野さんが最もストレスを感じたのが食事の支度だった。夫はもともと食べることに関心が薄く、何を出しても無反応。朝昼晩の3食、作りがいのない食事を用意するのが苦痛になっていた。
「用事があって、食事を作りおいて外出すると、何皿かのうち一つしか食べない。出先で美味しそうなお弁当を買ってきても、『あれは好きじゃなかった』と後から文句を言う」
そんな日常が一変したのは、4年前。新しく買った冷蔵庫にすぐ食品を入れようとした夫と、「電器店の店員さんは冷蔵庫全体が冷えるまで待つように言っていたでしょう」と言う浅野さんの間で、かなり深刻な口ゲンカが始まってしまった。
「ケンカ中に夫が『もう食事はいらない』と言い出して。それ以来、夫の食事を作っていないんです(笑)」
もともと言い合いになると、食事が用意してあるとわかっているのに、お弁当を買って帰ってきて食事をボイコットするのが、現役時代からの夫の常套手段だった。
いつもは時間の経過とともに自然と食べるようになるので、今回もそのうち折れるだろうと思っていたという。しかし「こんなの作ったけど食べる?」と何度か持ちかけても、夫は聞こえないふり。頑なに食べようとしなかった。
「私にしてみれば、夫の食事の面倒をみなくて済むのは大助かり(笑)。そちらがそのつもりなら、お互い勝手にやりましょう、と告げました。引っ込みがつかなくなっている部分もあったのでしょうね、夫は黙っているばかりで、反対しなかった」
一度言い出したら意地でも通す夫の性格に便乗した結果、食材の買い出しもそれぞれ自分でするように。冷蔵庫は、上が夫、下は浅野さんとスペースを分けて、相手の物には手を出さないのがルール。「牛乳もポケットに2本並んでいます」という徹底ぶりだ。
とはいえ、浅野さんの夫は料理をほとんどしたことがなかったという。
「ラーメンを作るくらいしかできず、当初は冷蔵庫の夫の棚にはスーパーのお惣菜ばかり。でも、最近は生の肉や豆腐などが並ぶようになったところを見ると、お鍋くらいは作れるようになったみたいね」