「人は一人で生まれ、一人で死んでいく」が口癖だった母は、私に対しても「親子」と言うより、個として接していました。子ども扱いされたこともいっさいありません。母親であることよりも、いかに自分の命を全うしていくかということに必死だったので、私は母から常にヒリヒリするような殺気を感じていました。
たとえばリンゴの皮の剝き方を教えるときも、「1回しかやらないから、絶対に見逃さないように」と緊張感を漂わせ、教えた後は私が手を切ろうがどうしようが気にかけない。
母が仕事で忙しかったので、私はご飯をつねに一人で食べていました。お釜で炊いた玄米とおかずが1品、切ったぬか漬けを用意してくれましたが、「お味噌汁は自分で作りなさい」と。私は、家に帰ったら「おかえり」と迎えてくれるような温かな母親に憧れていたけれど、無邪気に甘えられる存在とはかけ離れていましたね。
その反動で今、私は自分の子どもたちに「早くしなさい」「片づけなさい」と、同じことを何百回も繰り返す“過剰な母親”になってしまいました。(笑)