ふとした動きが祖母に似ていると
私が14歳の時には、父方の祖母である初代・藤間紫は亡くなってしまいました。祖母とはそれほど長く一緒に過ごすことができなくて、私は人から聞いて「藤間紫」像を作り上げているところがあります。
祖母は、9歳の時の舞台に立つ私を見て、後継にもう決めていたとは聞くのですが、今となっては祖母が私のどこに目をかけてくれていたのかわからない。祖母には、舞踊家として、俳優として、どういった心持ちで生きていたのか聞いてみたい思いもあります。でももし今、側にいたらいたで祖母の影響を色濃く受けてしまうことを避けて、あえて聞かずに我流を通そうとしていたかもしれません。
話に聞く祖母は激情家でエネルギッシュで、私とはずいぶんと性格が違っていたように思います。それなのに踊っている姿だけはたまに似ていると言われるので不思議です。
迫力のあった祖母と比べて、今年で30代になる私は今も童顔に見られています。未だにお酒を頼むのに身分証明書を要求されることもあるのですが、着物を着ると、だいぶ実年齢より上に見られたり。やはり着物を着なれているからなのでしょうか。
時代劇や舞台で“着物は疲れる”と言われる方は周りに多いのですが、私にとっては着物も洋服もほぼ変わりなく行動できる被服。それだけは小さい頃から着物を着る環境だったことに感謝しないといけないのかもしれません。
時代劇と言えば、祖母、母、私と『暴れん坊将軍』に3代で出演した経験をもっています。それはそれで誇れることなのですが、3代が入れ替わる間、主演を続けておられる松平健さんの偉大さこそ、皆様に声を大にしてお伝えしたいです。
というのも、私が出演した時の話なのですが、殺陣指導の方と斬られ役の方が入念にリハーサルをされていました。でも松平さんは一度も加わることなく、それをただ側で見ているだけ。最後の最後、いざカメラが回るという時に松平さんは初めて出ていらして殺陣をされたのですが、それが完璧に美しく、一発でOKでした。舞踊をしている私から見て、もはや伝統芸能の域というか…。本当に松平さんの姿に感服したのが『暴れん坊将軍』に出演した一番の感想です。(笑)