『抵抗都市』著:佐々木譲

 

独立を失った帝都を舞台に渦巻く陰謀が暴かれる

日露戦争でもし日本が敗北し、帝政ロシアの支配下に置かれていたら、その時代の日本人はどのような心情を抱いて生きただろうか――本書はそうした設定で描かれた、1916年(大正5年)の東京を舞台とする警察小説である。

敗戦により日本の政治体制は「二帝同盟」へと変更され、その変化は「御大変(おたいへん)」と呼ばれている。日比谷通りは「クロパトキン通り」、晴海通りは「マカロフ通り」と呼ばれ、日比谷公園にはロシア統監府と歩兵連隊の駐屯地が置かれた。その東京の中心部で、文具店の外商をしていた男が殺される。

時あたかも欧州大戦(第一次世界大戦)の真っ最中。ロシア軍を支援するため日本からも2個師団が派遣されており、さらなる増派を批判する大がかりな反政府デモが予定されている。帝都にも不穏な空気が募るなか、日露戦争の旅順攻防戦に従軍経験をもつ警視庁の特務巡査・新堂裕作は、支配者である統監府保安課のコルネーエフ憲兵大尉と競いつつ、軍部や警察上層部を巻き込んだ大掛かりな陰謀を暴いていく。

この作品の魅力は事件の謎が解かれていく過程よりもむしろ、ガス灯と辻馬車の時代の都会の雰囲気をリアルに描いたところにある。当時演劇の中心地だった三崎町(水道橋)界隈の賑わいや東京座の佇まい、復活大聖堂(ニコライ堂)に集う在日ロシア人の信者たち、さらに大杉栄や伊藤野枝など実在の人物も登場して気分を大いに盛り上げる。

祖国が独立を失い、他民族に支配された状況のもとで「国を愛する」とはいかなることか。歴史的に幾度も繰り返されてきた問いを象徴する、ショパンの「英雄ポロネーズ」がじつに効果的である。

『抵抗都市』
著◎佐々木 譲
集英社 2000円