映画を観ていなくても
かるたの練習のため、大江が百人一首を部員たちの前で詠み上げたところ、千江莉が涙した。藤原道雅のこんな和歌が詠まれたときだった。
「今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな(今となっては、あなたへの想いをあきらめてしまおう、ということだけを、人づてにではなく言う方法があってほしいものだ)」
千江莉は永島に本当のことが言えない自分と道雅の和歌を重ね合わせた。男女平等にはまだまだ行き届いていない点がある。特に発言権に制限がある生徒たちの世界ではそうなのではないか。ちなみに競技かるたは男女が同じ舞台で戦う。
原作は2008年から2022年までコミック誌に連載された末次由紀氏による記録的ベストセラー漫画。2016年から3作つくられた映画も大ヒットした。ドラマは映画の10年後の世界を描くオリジナルストーリーになっている。
上白石、広瀬すずら映画と共通する出演陣もいる。役名とキャラクターはそのまま。2人は映画では高校生で、かるたで全国制覇を成し遂げたが、今はともに指導者。広瀬が演じている綾瀬千早は2人の母校・瑞沢高校で顧問をしている。ただし、今は一時的に海外にいる。
映画をドラマにコンバートすると、ほぼ例外なく「世界観が違う」などと不満の声が上がるが、このドラマでは聞かない。映画の出演陣も登場し、映画をつくった制作会社に協力を仰いでいるからだろう。
それでいて漫画も映画も知らない視聴者を置き去りにしない工夫をしているのが分かる。大江と千早たちが物語内で目立ってしまうことを避け、過去の話もなるべく出さず、フォーカスは高校生たちに合わせ続けている。
梅園高校のかるた部には部員がもう1人いる。やはり2年生の白野風希(齋藤潤)である。父親の真人(高橋努)がボクシングジムを経営し、本人もアマチュアボクサーだが、ケガが治るまで反射神経を鍛えるという理由で入部した。
だが、これはウソだった。本当は父親の勧めで物心ついたときからボクシングしかやってこなかったため、物事を自分で考えることが出来なくなってしまった。
「空っぽなんだよな」(風希)
そんな自分に愕然とする。だから今度は部活を自分で選んだ。
昭和から平成、令和と時代は移り、世の中は随分と変わったが、青春時代に迷ったり、熱くなれるものを探したりするのは同じ。青春ドラマも消えない。