卵のシーンにびっくり
<厳しく理不尽な上下関係、戦地での飢え…『あんぱん』脚本家の中園ミホさんは「やなせさんを描くことは戦争を描くこと」と明言していた。2週間にわたり、出征した嵩を中心にドラマが進んだ。嵩と同じ隊に所属し、飢えたコンタが、老婆の家に押し入り、食料を強奪しようとするシーンはインパクトを残した。老婆が奥から卵を持ってきてゆでてくれると、コンタや嵩は殻ごと食べたからだ>
『あんぱん』で印象に残るシーンはたくさんありましたが、一番圧倒されたのは、戦地で嵩たちが空腹のあまり、ゆで卵の殻をむかずに食べたシーンです。頭のなかでは、やなせ先生は絶対に殻をむいて食べるだろうなと思いながらも、本当の空腹だったら殻をむかずにかじりついてしまうんだろうと納得しました。もし、やなせ先生と一緒にこのシーンを見ていたら、やなせ先生は「こんなことはしません。食道が傷ついてしまいますよ」とおっしゃるだろうと思いましたが、心に残りました。
これは余談になるんですけれど、戦後、復員した後にやなせ先生が靴を盗まれたことがあるそうです。靴を盗まれるなんて今は想像できないと思うんですが、出かけて下駄箱にいれると靴を盗まれる。それほど戦後すぐの時代は、モノがなかった。靴を買うことも大変な時代だったので、やなせ先生は座敷にまで靴を持って上がって盗まれないようにしていたそうです。やなせ先生は、死ぬ間際まで靴を盗まれる夢を見たと言っていました。
それを聞いて、戦後すぐは心まで荒れてしまう、私たちが想像できないような時代だったし、やなせ先生はそんな時代を過ごしたのだと感じています。