不思議なご縁

――これまで、やなせたかしさんの作品に触れる機会はありましたか?

中学・高校時代に合唱部に入っていたので、やなせさんが作詞された曲を歌う機会が多くありました。好きな曲は「さびしいカシの木」などいろいろあるのですが、どの詞も、心温まる中にどこかものがなしさがあったりと、やなせさんの感情の瑞々(みずみず)しさが表れているなと感じていました。

今回語りをすることになって、あの時に自分が感じていたやなせさんの詞の温もりが今につながったようで、不思議なご縁を感じました。

――語りを収録する時に心がけていたことを教えてください。

これまでナレーションに取り組む時は、番組の内容を論理的に読み解いて、自分の声の高さをどう設計していくかを意識してきましたが、今回は自分が感じたことを大切にした方が、表現のしやすさがありました。

あまり事前に映像を見すぎないようにして、ナレーション収録の場で映像を見たその時の生の感情やインスピレーションを大事にしました。同時に、語りに違和感があるとその先が頭に入ってこなくなってしまうと思うので、見ている方と一緒に物語を見守る気持ちで、ということも心がけていました。
 

――語りとして印象に残っているシーンを教えてください。

105回(8月22日放送)の、のぶが家出したあとに、太ったオンちゃん(アンパンマンの原型)が誕生するシーンです。「この太ったおじさんが、のちに子どもたちに大人気のアンパンマンになるのですが、それはまだ先のお話・・・・・・ほいたらね」という語りをした場面。のぶが戻ってきた時、涙ながらに嵩に思いをぶつけるのですが、嵩は「のぶちゃんはそのままで最高だよ」とのぶの全てを肯定するんです。

(『あんぱん』/(c)NHK)

このシーンは本当の意味で2人がひとつになって通じ合ったという感じがしています。どのような人間関係もそうだと思いますが、本当のことがなかなか言えなくなってしまうこともあると思います。

のぶと嵩はお互いすれ違ってしまい、一時的に離れて暮らすことになりましたが、2人が心の奥底からぶつかり合い、分かり合えたこと、それがアンパンマンの生まれる源となったという意味で特別な回だと思いますし、アンパンマン誕生のシーンを語らせていただいたことは感慨深いものがあって、とても印象に残っています。