『岐路の前にいる君たちに 鷲田清一 式辞集』著:鷲田清一

若者が失敗を許されない社会で、大人がいま語るべきこと

ひととおり学校を出て大人になってしまうと、「自分に贈られる言葉」として式辞を聞く機会は激減する。わたしもここ数十年、式辞とは無縁なので、この本を読んでみた。第一章が卒業式で、第二章が入学式。大阪大学と京都市立芸術大学で、著者が学長として述べた式辞を集めた本である。

季節の移り変わりやその時々の世相のなかで、いま学生でいられる幸運を嚙みしめてしっかりやりなさいと励ます。わたしが個人的に記憶しているのはそういうありきたりな式辞ばかりで、感動できなかった。しかしここに集められた式辞はまったく違うのである。

ひとつひとつの話が具体的だ。希望よりも不安のほうが大きいに違いない新入生や卒業生に必要な助言である。新入生に対しては、大学という場所には〈みなさんの頭脳のなかにはまだ登録されていない膨大な知見やスキル〉があり、〈その森のなかでいちど道に迷うこと〉が〈大学で学ぶことの意義〉だと語る。若者が迷子になることを許さない社会のなかで、「大学でやるべきこと」を明確に伝える。

卒業生には、リーダーシップと同じくらい大切な〈フォロワーシップ〉を説く。推されたらいつでもリーダーになれるが、主役を交代して集団の一員にもなれることの重要性。そして、よきリーダーやフォロワーに必要なのは、〈忘れていいことと、忘れたらあかんことと、それから忘れなあかんこと〉(映画監督の河瀨直美の言葉)の区別ができる能力だと言う。それが教養というものだ、とも。

こんな言葉を胸に刻んでおけば、若者の視界はずいぶん明るくなるのではないか。いま大人の語るべき言葉はこれなんだなと思った。

『岐路の前にいる君たちに 鷲田清一 式辞集』
著◎鷲田清一
朝日出版社 1600円