
概要
旬なニュースの当事者を招き、その核心に迫る報道番組「深層NEWS」。読売新聞のベテラン記者で、コメンテーターを務める飯塚恵子編集委員と、調査研究本部の伊藤徹也主任研究員が、番組では伝えきれなかったニュースの深層に迫る。
AI(人工知能)の開発と利用が世界で進み、人間とは何なのか――が問われている。AIの時代に、私たちが大切にするべき価値観はどこにあるのか。産業界、学術界の垣根を越えた国際会議が初めて開かれた。会議を主催した出口康夫・京都哲学研究所共同代表理事と、宮田裕章・慶大教授を迎えた9月29 日の放送を踏まえて、出演した飯塚恵子編集委員に聞いた。
AI時代こそ必要な価値観
行方不明になる理念
科学技術が進歩しても、経済が成長しても、人々は必ずしも幸せにはならない。そもそも幸せとは何なのか。価値や理念、そういったものが行方不明になっている」=出口氏
「経済合理性の中に、私たちはのみ込まれており、分断が生まれている。五感を動員して、多様な価値を感じる場を作ることが、分断に対抗する一つのアプローチだ」=宮田氏
伊藤AIは私たちの生活に深く関わり始めています。社会には、便利になることへの期待と、人間の能力を超えることへの懸念の両方があると感じますが、技術革新のスピードは速く、落ち着いて考える機会を持てません。京都での会議を飯塚さんも取材されました。会議はどのような問題意識と経緯から開かれたのでしょうか。
飯塚会議は9月23、24日、京都会議と銘打たれて、世界18ヵ国から延べ600人が参加しました。主催した京都哲学研究所は、NTTと、番組にもお招きした哲学者で京大教授の出口氏によって設立されました。AI開発の最前線にいる産業界の側にも、AIとどう向き合うべきなのかについて、考えたいとの強い思いがあったとのことです。産業界、学術界だけではなく、宗教界、芸術界、メディアからも分野の垣根を越えた参加があり、基調講演やパネルディスカッションが行われました。日本から世界に議論を発信しようという意気込みを感じました。
伊藤AIを問うことは、AIと人間、AIと社会の関係を問うということですね。世界各国の政府や企業の動きを見ると、AIの開発や利活用のスタンスに違いが見られます。考え方の違いの上に、思惑が重なり、方向性を見失いそうになります。私たちはどの方向に歩むべきなのか。道しるべになる議論はあったのでしょうか。
飯塚はい。今、世界で進むAI開発には二つの潮流があるといえます。一つは、米国の「効果的加速主義」です。人類の進歩や文明の拡張のために技術開発を最優先する考え方で、トランプ大統領の新たな支持層であるIT実業家ら、テック右派と呼ばれる人たちもこの立場です。もう一つは、欧州連合(EU)などの「人間中心主義」です。尊厳や安全、幸福といった人間の倫理を最優先する考え方です。
会議を取材すると、日本はこの二つの流れの間にいるという指摘をよく聞きました。出口氏は、技術の「加速主義」と人間の「中心主義」のどちらにも否定的でした。人間らしさは、「できる」より「できない」ところに表れるといいます。どちらの立場も、できる側ができない側を支配したり、追いやったりする懸念があると、会議でも番組でもおっしゃいました。
少し哲学的ですが、世界はこうした問いに答えないまま、開発を進めてきました。AIが人間を超えるかもしれない今だからこそ、価値の「多層性」を忘れてはならないと出口氏は話されました。まずは根本に戻り、日本なりの哲学を模索することが京都会議の重要な意義だったといえます。