
問われる人間の実存
「AI開発がさらに進んで、どんどん人間に近づいた時、最終的に人間との差分はなくなるのか。それとも、どこかで差分は残るのか。人間の実存が問われている」=出口氏
「生と死の概念が、新しい技術によって、決定的に変わる可能性がある。メリットとデメリットがあり、AIをどういう場面で使うのかということが問われてくる」=宮田氏
伊藤番組では、亡くなった人をAIの中でよみがえらせて、対話ができるサービスが国内で始まっていることなど、「生と死」という人生そのものにAIが組み込まれている事例も紹介しました。死生観や宗教観にも影響を与えることになるのでしょうか。
飯塚会議で興味深く聞いたのは、米国のSF映画「ターミネーター」と日本のアニメ「ドラえもん」の例えです。西洋では、ロボットやAIは人間が使いこなす「道具」として認識されているのに対し、日本では、人間を助けたりする「仲間」として認識されているのではないか。この比較は、専門家の間では有名な話だといいます。確かに日本には昔から、八百万(やおよろず)の神が万物に宿るという思想風土があります。こうした日本のユニークさは、今後の人間とAIの向き合い方のヒントになるのではないかと思いました。
一方で、AIはどこまで人間と近い関係になりうるのでしょうか。会議に参加した京都・清水寺の執事、森清顕氏は、データを膨大に蓄積するAIは日本人の宗教観を変えるかもしれないと指摘しました。神道は名前も知らない代々の先祖をお祀りしていますが、故人がデータとして残り、顔が見えるようになります。仏典も、AIは様々な学説をまとめてくれるかもしれませんが、その消化は人間にしかできません。アルゴリズムによって編集される文章は、その時点で誤りが起きる可能性があり、正しい仏典といえるのか。根源的な問いにぶつかります。
伊藤トランプ氏は7月、AI開発の行動計画を策定して、規制緩和と投資拡大を急ぐことを決めました。米国は、中国との競争力強化に向けて、大胆に舵を切っています。アルゴリズムの問題は、やはり重大な関心事で、特定の方向にバイアスがかかることへの懸念が出ていますし、生成AIの普及によって、さらに高度に操作される危険性が高まっています。
飯塚会議に参加したドイツ・ボン大教授で、現代哲学の第一人者であるマルクス・ガブリエル氏は、私の取材に対し、トランプ氏の競争優先主義には同意できないと話しました。トランプ氏の考えが次の政権まで引き継がれるのかに注目しつつ、民間の立場からAIの倫理性について問題提起する必要があると強調しました。
次回の京都会議は2027年の予定です。今回は政治的な論争を避けるため、中国とロシアの専門家は招かなかったとのことですが、中国はAI大国です。中国を入れたAI論議が実現すれば、より本質的な人間の価値観に迫ることができるのではないかとも思います。AI時代の展望を描く日本発の取り組みがようやく始まりました。

飯塚恵子/いいづか・けいこ
読売新聞編集委員
東京都出身。上智大学外国語学部英語学科卒業。1987年読売新聞社入社。 政治部次長、 論説委員、アメリカ総局長、国際部長などを経て現職。

伊藤徹也/いとう・てつや
調査研究本部主任研究員
広島県出身。京都大学総合人間学部国際文化学科卒業。1998年読売新聞社入社。浦和支局、政治部次長などを経て現職