母と永遠の別れ

ハーンが二歳の時、母と子はダブリンの旧家であるハーン家に身を寄せる。父は西インド諸島、ついでクリミア戦争に派遣されてほとんど不在だった。

寒くて日照の少ないアイルランドの風土は、青い海と輝く太陽の下に育った母には辛かった。言葉も上達せず、生活習慣も異なった。

また、アイルランドの人口のほとんどを占めるカトリック教徒と、ハーン家をはじめ少数支配階級に信者の多いプロテスタントおよび英国国教会派との激しい対立は、カトリックに近いギリシャ正教を信ずるローザの立場をも気まずいものにした。

すっかりノイローゼ気味となった母はハーン四歳の時、出産のためにギリシャに里帰りするが、それが母との永遠の別れとなる。

父が母の留守中に昔の恋人と縒(より)を戻し、ギリシャでの挙式は本国では無効だと主張して一方的に母を離婚してしまったからだ。

16歳の時のパトリック・ラフカディオ・ハーン(『ラフカディオ・ハーン 異文化体験の果てに』より)

父は再婚してインドへ赴任して行った。厄介者となったハーンは父の母方の大叔母サラ・ブレネンに引き取られる。

大叔母は裕福な未亡人で実子がなく、ハーン一族のなかで唯一人、結婚を機にカトリックに改宗した信者だった。

母は一度、アイルランドを再訪したが、子供には会えずに虚しく帰ったという。後にギリシャで再婚し、晩年は五十九歳で亡くなるまでギリシャ北端コルフの精神病院で過ごしている。

幸か不幸かハーンはこうした事実を知らされなかった。

弟ジェームズもダブリンの別の家に引き取られ、後アメリカに移民するが、ハーンと会うことはない。

父ともインド赴任前に会ったのが最後だった。そしてハーンは子供時代を大叔母の宏壮な屋敷でひとり過ごすことになる。
 

『ラフカディオ・ハーン 異文化体験の果てに』(著:牧野陽子/中央公論新社)