孤独を埋めてくれる人との奇跡的な出会い
最晩年は日本に帰化し、「鬼怒鳴門」などとも名乗った著者の号の一つが「黄犬(キーン)」。古代から受け継がれた日本文学の伝統を深く理解する研究者であり、戦後文学への心情あふれる伴走者でもあった人のエッセンスが美しい布装の本にまとまった。
「忘れ得ぬ人びと」と題された第一部は、英語で書かれた本邦初訳のテキストを含む交遊録。三島由紀夫、安部公房といった同時代作家に対する率直な評価と人物評の傍らに、日本文学の道を選ぶ決定的な契機となったコロンビア大学の恩師・角田柳作(つのだりゅうさく)や、京大留学時に下宿とした無賓主庵(むひんじゅあん)の女主人・奥村綾子の思い出を綴った文が置かれているのはじつに好ましい。
第二部の「私の仕事部屋から」には単行本未収録の講演録が収められている。日本文学の気宇壮大な通史、明治天皇の評伝、古代から現代に至る「日記」の研究、古典の現代語訳など著者が取り組んだテーマは幅広いが、この章はその平易な自注として読むことができる。
だが本書の本当の読みどころは、養子のキーン誠己(せいき)による「いつも二人で」と題されたあとがきだろう。これほど深く日本文学を愛しながら、そのことを語り合える親しい友は次々に世を去っていく。日本国籍を得て東京の北区西ヶ原に終の棲家を構えた際には書物の大半を寄贈し、居宅には「千冊」しか置かなかった(「遠慮の名人」)。だが最晩年の著者には、その孤独を埋めてくれる人との奇跡的な出会いがあったのだ。
父と子として、また日本文化の真髄を理解する同志としての心の交流が赤裸々に綴られる文章の合間には、この偉大な文学者が晩年に抱いた、複雑な感情が滲み出ている。
著◎ドナルド・キーン
岩波書店 2600円