恐ろしく早熟な歌人


そんなところでこちらの歌のお振舞いでございます。
まこと、「他人の恋は豆電球のあかるさ」。小さく存在感を放って光りながら、易々と触れないもの、でも壊れやすいからこそ、触りたくなるもの、それが他人の恋でございましょう。この比喩表現は見事でございますな。はかない星の明るさでも大きな日光の明るさでもなく、壊れやすい、触れない明るさ、「豆電球」。

この比喩だけで作者の力量が見えるというものでございます。また読んだだけで比喩の秀逸さとともにすんなり入ってくる内容の真っ直ぐさも魅力でございます。本当はもっと踏み込みたい。あるいは暖かな気持ちで眺めていたい。でもそうとも言えないのが他人の恋というもの。やはり「他人の恋」は「他人の恋」でしかありえず、相手が口を開くまで、そっとしておくのが大人のマナーでございましょう。とはいっても、親しい仲だと気になって仕方ないでしょうが……


作者の小島なおさまは、短歌の新人賞の一つ、角川短歌賞を高校生の若さで受賞。その後学生生活を描いた歌集『乱反射』またその後の生活を描いた『サリンジャーは死んでしまった』を出版されました。

牛乳のあふれるような春の日に天に吸われる桜のおしべ

制服のわれの頭上に白雲は吹きあがりおり渋谷の空を

噴水に乱反射する光あり性愛をまだ知らないわたし

どれも第一歌集『乱反射』から。提出歌とはまた違う、感性の瑞々しさとともに空間把握の見事さに舌を巻きます。この頃、小島さまはまだ高校生。恐ろしい早熟さでございますね。


一首目、「牛乳のあふれるような春の日」という幸福感とクリーミーさがあふれる上句も素晴らしいながら、桜のおしべが天に吸われるという把握が空間を捉えていて見事です。多くのティーンエイジャーはつい、自分の内面に目がいきそうなところ、外界に美しさを見出すところは小島さまの当時の特性と言っていいでしょう。

二首目、「吹きあがりおり」という文語をナチュラルに使いこなすことで、渋谷の空を美しいものにしています。この、どの言葉でどう切り取るかというのは大事なポイント、いい光景を見てもそれを美しく表現できるかは作者の技量です。


三首目も大きな話題になった歌です。「噴水に乱反射する光」と「性愛をまだ知らないわたし」の組み合わせが清潔感に溢れ、「性愛をまだ知らないわたし」という、場合によってはあざとくなりがちなフレーズを、上句の広い空間が柔らかく救っています。このバランス感覚は作者の大きな長所でしょう。