すべての、
白いものたちの

著◎ハン・ガン
訳◎斎藤真理子
河出書房新社 2000円

原著、翻訳、装幀の
三位一体の美を味わう

随筆と散文詩と小説の味わいを併せ持つハン・ガンの『すべての、白いものたちの』は、魂の囁きのごとき文章が、読み手の魂の琴線を震わせる一冊になっています。13歳の娘と2人ワルシャワに数ヵ月滞在することになった〈私〉。彼女は、白い色を表す母国語で、〈綿あめのようにひたすら清潔な白〉「ハヤン」のほうではなく、〈生と死の寂しさをこもごもたたえた色である〉「ヒン」についての本を書こうと思い立ちます。起点となる白は〈雪のように真っ白なおくるみ〉です。

夫の赴任先の田舎で、22歳だった母親がたった一人で産み、早産だったため2時間で息を引き取ってしまった女の子。冬に向かっていくワルシャワの街を歩きながら、〈私〉の思いは、2時間しか生きていられなかった姉のことへと幾度も立ち返っていきます。そして、自分の〈生と体を貸し与えることによってのみ、彼女をよみがえらせることができるのだと悟ったとき〉、この本を書き始めるのです。

1944年9月の市民蜂起の後、ヒットラーが絶滅指示を出し、爆撃によって95%以上の建物が破壊され、その建物の破片によって、上空から映すと、あたかも雪が積もった街のように見えた70年前のワルシャワ。さまざまな「白」に導かれながら、姉に体と心を与えた〈私〉は、この街で、過去と現在を行き来します。その筆致の美しさと哀しさと切実さが、胸の奥の奥まで染みいってくるんです。

微妙に異なる白の紙を用い、束に濃淡の意匠をこらした佐々木暁氏の装幀が、(斎藤真理子氏による日本語訳も見事な)ハン・ガンの美しい文体に寄り添って素晴らしい。原著、翻訳、装幀、三位一体の美が味わえる奇跡の一作なのです。