《マスミさんのケース》

20年におよぶ父親のやもめ暮らし

今年の春先、都内に住む会社員のマスミさん(53歳)は久々に「あの人」からの電話を受けた。

「お父様のお家、また草が伸びていますよ」

はい、そのうちに、と生返事をしてそそくさと切った。

「あの人」とは、父親(86歳)と親しい60代の不動産業者A子さんだ。

父親は3年前に倒れ、栃木県・宇都宮市の施設に入っている。救急搬送の連絡を受け、入院の支度で2年ぶりにマスミさんが行くと、実家は銅線の束やベニヤ板、電動工具のセットなどが庭先に雨ざらしになり、大型冷蔵庫3台には釣り餌などが詰め込まれていた。母親が急逝して以来、20年におよぶ父親のやもめ暮らしの結果だった。

マスミさんは中学校の体育教師だった父親が今でも苦手だ。

「声が大きくて、外では誰にでもグイグイ話しかける。でも家では他人の悪口を言うか、勉強しろと怒るだけ。父と気持ちが通ったと思えたことはありません」

大学進学のために家を出て就職し、結婚して家も建てた。ここ数年は、片づけをめぐってケンカになるばかりで、足が遠のいていた。

入院した父は、マスミさんに電話番号を渡して連絡を頼んだ。それが例のA子さんだった。

「かかりつけの病院で知り合って、話を聞いてもらっていたみたいです。お見舞いにも来てくれて、てきぱきとよく気のまわる人だなあって、初めは思っていました」

父親は病院から施設に移り、回復していった。その過程でマスミさんは、父親が家に戻る計画を温めていることを知る。

「実家を暮らしやすくリフォームするんだ、と。私も父が『片づける』と言い出したのがうれしくて、賛成したのですが……」