胎児のはなし

著◎最相葉月・増㟢英明
ミシマ社 1900円

お腹の中の水中で
あくびをしたりしゃっくりしたり

この本を読んで、わたしたちは「医学の発達」というものを無限定に信じすぎているのかもしれないと思った。胎児の世界はいまだに謎の宝庫でありつづけている。

長年にわたり産婦人科医療の第一人者であり、昨年現役を引退した増㟢医師に、頼れるノンフィクションライター最相葉月がインタビューする。専門家にとってさえ「未知なるもの」でありつづける胎児の世界について、それでも現在これだけのことがわかったという、カジュアルなおしゃべりだ。感心したり驚いたりしながら、ただ楽しんで読んでください。

画像診断の質があがり、胎児が羊水のなかで何をしているかがよく見えるようになってきた。胎児は水浸しの環境にいながら、しょっちゅうあくびやしゃっくりをしている。呼吸様運動もしていて、鼻の穴から水をびゅーっと噴き出すさまは、まるでゴジラのようだという(かわいいちびゴジラ!)。

本書のなかで一番シリアスな話題は、出生前診断と妊娠中絶について。よく、日本は中絶天国で残酷だ、外国ではそんなことはないと言われるが、日本ではいかなる理由があろうとも、22週以降の胎児の中絶は違法なのでできない。それに対してヨーロッパの多くの国では、胎児の障害を理由に、妊娠週数に関係なく中絶できる。いま分娩したら生きていける子でも、おなかの中で殺されるのだ。どちらが残酷かは一概に言えないのではないか。

出生前診断を受けるのも受けないのも、どちらも正しい決断だ。大切なのは妊娠を楽しむことであって、不安は取り除いたほうがいい。増㟢医師の柔軟な考えかたが、もっと広まっていくといいと思う。