モンブランも、どうやってもモンブラン

私はモンブランもそうだ、と思うのです。

土台はメレンゲかスポンジか、はたまたタルトか。合わせる栗ペーストは香りの強いイタリア栗かフランス栗か、それとも繊細な和栗にするか。さらに和栗の中でも小布施の栗か笠間の栗か、もしくは山鹿の栗がいいか。栗ペーストの下には王道のクレームシャンティを忍ばせるか、もしくはクレームパティシエールで変化をつけるか。どれを選ぶかでもう百万通りの組み合わせがある。だとしても、どれを食べても、それはモンブランなのです。

まさに誰が演じても、何語でやっても、そのストーリーからロミジュリだとわかるように、栗ペーストとクリームを使い、そして甘いというストーリーラインさえ描いていればそれはモンブランなのです。それはもうスイーツ界のプラットフォーム。その共通のプラットフォームがあるからこそ、パティシエは素材を組み合わせてオリジナリティ溢れるモンブランを作ることができるし(はたまた究極的に素材にこだわってシンプルにも作れるし)、食べる側もそのプラットフォームゆえいろんなモンブランの比較ができる。

モンブランがこんなにも愛され、食べ歩く人が多いのも、多様な演出を許容できる懐の深い明確なストーリーラインがあるからなのだと私は感じています。

大坪直哉さんとモンブラン絞り機
モンブラン絞り機を手に