文豪お墓まいり記

著◎山崎ナオコーラ
文藝春秋 1550円

人の生き死にを達観するかのような
突き放した視線

好きな作家の墓参りは文学ファンにとって比較的ありふれた行動だ。だが、普通それは特定の作家のファンがその墓に参るというもの。熱心な文学ファンでも、墓参りの情熱を注ぐ対象はせいぜい数人なのではないか。本書は現役の小説家が、26人の人物(なかには歌川国芳や星新一のように「文豪」の呼び名が似合わない人もいる)のお墓を継続的におまいりした記録である。さていったいどんな風景が見えてくるか、楽しみにページをめくった。

26人のうち墓が同じ場所にあるのは中島敦・三好十郎・堀辰雄(多磨霊園)、永井荷風・夏目漱石(雑司ケ谷霊園)、太宰治・森茉莉(禅林寺)、色川武大・獅子文六(谷中霊園)、星新一・国木田独歩(青山霊園)、幸田露伴・幸田文(池上本門寺)の組み合わせ。かぶりが多いが、幸田父子を除けば、同じところに眠るもの同士が必ずしも親しかったわけではない。初めて知る死後の不思議なご縁である。

女の文士は幸田文・武田百合子・林芙美子・森茉莉・有吉佐和子の5人とあんがい少ない。樋口一葉や与謝野晶子を外したところに微妙な選択の妙があり、墓の訪問記のあとに短くそれぞれ作家評も添えられているが、漱石に対し辛辣だったりして面白い。

著者はこの連載の前に父親を亡くしており、また自身もいちど流産を経験し、連載中に妊娠・出産をしたという。そうした生死のあわいで綴られた訪問記だけに、ユーモラスな筆致の陰にどこかしら人の生き死にを達観するかのような突き放した視線を感じる。過去の文豪たちの墓についての軽妙なエッセイであると同時に、この本は一種の覚悟をもった小説論、文学論でもある。