一通の手紙から新たな一歩が始まる
妻を亡くして独り暮らしをする老人・エルネスト。離れて暮らす息子は同居を申し出て部屋の内覧を手配するが、エルネストは渋い顔をする。心配する気持ちはわかるが、長年の思い出が詰まるアパートメントを離れがたい。よくある頑固な独居老人の話かと思っていると、旧友の妻から届いた一通の手紙により物語は意外な展開を見せる。
エルネストは78歳、ブラジル南部のポルトアレグレに暮らしている。隣国ウルグアイからやってきて46年。視力を失いつつある彼は、故国に暮らす旧友の妻ルシアからの手紙が読めない。偶然知り合ったブラジル娘のビアがスペイン語の読み書きができるとわかり、手紙を読んでくれるように頼む。手紙は旧友の死を知らせるものだった。ビアが手紙を代読・代筆することになり、二人の交流が始まる。
若いビアの言動には遠慮がなく、通いの家政婦は高齢者をだます娘ではないかと警戒する。だが、エルネストはビアが小さな盗みを働くことくらい承知している。それでも、ほかの人のように自分を年寄り扱いしない彼女が気に入ったのだ。エルネストを演じるのは東京国際映画祭グランプリ受賞の『ウィスキー』(2004年)に主演した、ウルグアイの名優ホルヘ・ボラーニだ。いかつい顔つきで、一見、融通のきかない老人のように思えるが、偏見がなく、理知的で洞察力のある優しい人柄がはまり、滋味深い。
ポルトアレグレには母国の独裁体制から逃げてきたウルグアイ人やアルゼンチン人も多いというが、エルネストの過去は語られていない。劇中で彼が暗唱する、「なぜ私たちは歌うのか」に心を揺さぶられる。1973年に亡命を余儀なくされた、ウルグアイを代表する詩人マリオ・ベネデッティの作品だ。恐らく、エルネストは70年代にウルグアイの軍事独裁から逃れてきたのだろう。同年代の隣人ハビエルもアルゼンチン人で、二人がスペイン語で交わす気の置けない会話やドライなユーモアに、彼らの歩んできた人生がうかがえる。
物語のもう一人の主人公ビアを演じるガブリエラ・ポエステルは、少年のようなショートヘアと大きな目が印象的だ。中性的な愛らしさが軽妙な味を醸し出す。手紙を書くという行為、返事を待つ時間の楽しさを知り、さらには、手紙の行間に滲むエルネストとルシアの想いに魅了されるデジタル世代のビアが、爽やかで瑞々しい。
ビアはエルネストの知恵に導かれ、エルネストはビアの若い感性に触発される。世代や性別を超えて響き合う心が温かい。人間、何歳になっても、人生や愛に新たな一歩を踏み出せるのだ。ブラジルから届いた、愛おしく味わい深い佳作。
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監督/アナ・ルイーザ・アゼヴェード
脚本/アナ・ルイーザ・アゼヴェード、ジョルジ・フルタード
出演/ホルヘ・ボラーニ、ガブリエラ・ポエステル、 ジュリオ・アンドラーヂ、ホルヘ・デリアほか
上映時間/2時間3分
ブラジル映画
■7月18日よりシネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開
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心身ともに疲れ、諦めの人生を送る映画監督(A・バンデラス)が、32年前の自作の再上映を機に、封印していた過去と向き合い、記憶を遡り再生してゆく。ペドロ・アルモドバル監督の自伝的な作品。
バンデラスの渋さが光り、記憶の中に登場する母親役のクルスがたくましく生きる女性を好演する。
Bunkamuraル・シネマほかにて全国公開中
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出演:アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルスほか
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1979年、2家族が手作りの熱気球で東ドイツから脱出し、西ドイツに亡命した。その決死の脱出劇の映画化だ。
一度失敗し、再度挑戦をする彼らと、それを阻止しようとする秘密警察の捜査をスリリングに描く。
さまざまな自由を奪われた当時の東ドイツの人々の心情も垣間見える。
7月10日よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国順次公開
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出演:フリードリヒ・ミュッケ、カトリーヌ・シュッヘほか
※上演期間は変更の可能性があります。最新の情報は、各問い合わせ先にご確認ください