『秋』著:アリ・スミス

イギリスのEU離脱を受けて書かれた話題の書

2016年、イギリスはEU離脱(ブレグジット)を決定。それを受けて書かれ、話題になった小説がアリ・スミスの『秋』だ。主人公は、大学で美術史の講師をしている32歳のエリサベス。彼女には69歳も年が離れた友ダニエルがいる。出会いは8歳の時。母親と2人引っ越した家の隣に住んでいたのがダニエルだったのだ。

療養施設で眠り続けている101歳のダニエル。彼を見舞い、枕元で本を朗読するエリサベス。この現在進行形の物語の背後にあるのは、ブレグジットをめぐる国民投票によって分断され、〈人々は互いに向かって何かを言ってはいるのだが、それが決して対話にはならない〉イギリス社会だ。〈週末に、大声で“統治(ルール)せよ、英国(ブリタニア)よ”を歌いながらエリサベスのアパートの外を歩くチンピラの一団がいた。英国(ブリタニア)は大海原を統治する。最初の標的はポーランド人。次はイスラム教徒。その次は日雇い労働者、そしてゲイ〉。そんな光景が繰り広げられる物語の合間に挿入されるのが、ダニエルが深い眠りの中で見ている夢であり、ダニエルとエリサベスが24年間かけて培ってきた思いやりと敬意に満ちた関係なのである。

そこから浮かび上がってくるのが、1960年代に活躍したポップアーティスト、ポーリーン・ボディ。28歳という若さで亡くなった、ジェンダーや政治をめぐる先鋭的な作品で知られるこの女性とダニエルは、どんな関係にあったのか。想像をめぐらさずにはいられなくなる。大きな社会変化の中にあって二項対立の罠に落ちることなく、思考停止しない姿勢を保ち続けるにはどうしたらいいのか。自問せずにはいられなくなる。小さな物語と大きな物語が併存する懐の深い小説だ。

『秋』
著◎アリ・スミス
訳◎木原善彦
新潮社 2000円