あなたは「皇太子」に生まれてしまった

そこから出発していただきたい。僕はそう思います。ヴァイニング夫人の『皇太子のための窓』の要約を読んでいて、あなたの「私は天皇にならねばならない」という言葉にぶつかりました。今でもそうお思いになっていられるのでしょうか。「私は天皇になる」この言葉なら僕は解ったのです。この言葉には自分の未来を選ぼうとする意慾があります。しかし「天皇にならねばならない」この言葉にはどこか間違ったあきらめの響きがあるように思えます。あなたは義務の意味でそう云われたのかもしれぬ。しかしヴァイニング夫人は、殿下には何になりたいという問題はなかった、殿下は自分の運命を知っていてそれを受け入れていた、と書いています。もしそうなら何とさびしいことでしょう。自分の生き方を自分で選ぼうともしないとは。

あなたは天皇にならなくたっていいのです。あなたは学者になろうと、革命家になろうと、大工になろうとかまわない筈です。あなたが自分自身を検討し、自分自身の情熱を感じ、自分自身で選ぶのなら、あなたの前には無限の運命がある筈です。あなたがそのような多くの運命の中から天皇になることを選んだのなら僕に云うことはありません。あなたが冷静な、強い、そして熟練した政治家になって下さるのをお願いするだけです。僕は政治にはうとい人間です。天皇制について何とも云えない。

しかしあなたは考えていただきたい。冷静に天皇制というものについて反省してほしいと思います。そしてあなたが信じたことについては勇敢であってほしいと思います。あなたが天皇になることを選ばれるにしろ、選ばれぬにしろ、あなたは「皇太子」であるという場で、多くの人々に対して責任があるということをいつも思い出していただきたい。あなたは「皇太子」に生まれてしまった。その限りにおいてあなたには「皇太子」としての義務と責任とがある。しかし同時にまた、あなたは自分の未来を自分で選ぶことが出来ます。あなたはまず人間として生きることが出来ます。

僕は今二十才、非常に自由な家庭に生まれ、育ちました。僕はもはやあなたやあなたの父上をあがめたり、したったりする世代には属していない。僕はただ同じ世代の人間としてあなたに親しみを感じます。あなたが立派に生きてゆかれたら僕も嬉しい。立太子式や成年式がどんな意義をもつのか僕は知りません。しかし、飢えに死んでいる人もあるというのに多くの金をかけてなどと目くじら立てるほど僕は偏狭でもない。そんなことは、あなたは僕などよりももっともっと切実に感じていられると思う。いつまでも心にのこるような美しい儀式であればいいと願っています。そしてあなたが何よりもまず人間として生きてゆかれることを心からお祈りいたします。

現在の谷川俊太郎さん 写真提供:読売新聞社
※本記事には、今日では不適切とみなされることもある語句が含まれますが、執筆当時の社会情勢や時代背景を鑑み、また著者の表現を尊重して、原文のまま掲出します
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