「女は引っ込んでろ」に心が折れそうに
「弟は歯科医なので、家業を継ぐことはない。私しかいないと勢いでつい言ってしまい、後から『しまった!』と思いました(笑)」と嘉奈子さん。2年間のアルバイトを経て、2000年7月、正式に伊藤ウロコに入社した。
社内では「(先代の)お嬢さんが来た」といった感じで、なかなか仕事をさせてもらえない。魚河岸は超のつく男社会で、顧客の仲卸さんから「女は引っ込んでろ」と言われたことも。河岸で働く男性は江戸っ子気質で、べらんめえ口調の人も多い。ストレートな物言いに、当初は心が折れそうになることもあった。
支えとなったのが、築地商業協同組合(当時)の広報活動だ。前の仕事のスキルを生かせ、手ごたえが感じられた。
そのうち、「こういう長靴を作りたい」と意欲がわいてきた。ヒントになったのは、魚市場のお客さんの「あそこで滑るんだよね」のひとこと。市場用に踵を厚くし、靴裏の溝も深く彫ってあるが、魚の脂が多く残ったコンクリートの床はどうしても滑りやすいのだ。
ゴム製の長靴はビニール製の長靴より柔軟性に富んでいるため、しゃがむなどの動きで足首を曲げた時に負担がかからず、長時間履いても疲れにくい。これで耐油性が加われば、まさに鬼に金棒。ゴム長靴にこだわってきた伊藤ウロコの戦略商品となる。
「もともと物事を考えて形にしていくのが好きなので。魚の脂に特化した滑りにくい長靴を開発したいと言ったら、母は好きにしていい、と。そこで私自身、お客さんから聞いた場所に行って実際に滑って転ぶ実験をしたり、技術の方と相談し、試作を繰り返しました」