畑で手入れをする安田加奈子さん。棘のある「濃い味きゅうり」は、やすだ農園の名物野菜(撮影:本社写真部)
代々、あるいは親が守ってきたやり方では先行き不透明な家業を継いだ女性たち。そこにはお金よりも大切にしたい“思い”があった。3人目は、相続税のため農地を手放さざるをえないなか、残された先祖代々の畑を守ろうと奮闘する農家の女性を紹介する(撮影=本社写真部)

付加価値をつけて選んでもらえる野菜を作る

東京のベッドタウン、田無。駅から徒歩約15分の住宅街の中に、雑木林を背にした約7反(2100坪)の畑がある。有機物をたっぷり含んだふかふかの土にはキュウリ、ナス、トウモロコシ、枝豆などが植えられ、腐葉土と植物の香りが心地いい。

農作業をしているのは、やすだ農園の安田加奈子さんとご両親、加奈子さんの夫の4人だ。やすだ農園が開かれたのは曽祖父の代。今も父の代まで守り抜いた露地栽培にこだわり、土の中の微生物を大切にし、土壌消毒はなるべくしていない。

「草むしりも手仕事ですし、手間がかかります。しかも私が継いでから栽培品種を増やし、50種類くらいあるので、正直大変です」と加奈子さん。収穫した野菜は市場には卸さず、レストランや百貨店の野菜売り場に直納。味が濃いと評判で、自宅脇の直売所に並べた野菜もすぐに売りきれる。

子供の頃、畑や腐葉土づくりのために所有していた雑木林を走りまわって遊び、畑が大好きだったという加奈子さん。きょうだいは妹が一人だし、いずれ自分が跡を継ぐだろうと漠然と思っていたが、まずは幼稚園教諭の道に進んだ。

「幼稚園で、さまざまな背景で育つお子さんを見るうちに、自分が育ったのと同じように子育てをしたいという思いが強くなり……。私が家を継ぐことを受け入れてくれる男性と結婚しました」

サラリーマンだった夫は、結婚と同時に就農を決意。若い夫婦はすぐに、都市近郊農業の厳しい現実と向き合うことになる。加奈子さんが子供の頃、畑は今の約2倍あった。しかし祖父と祖母の没後、相続税のために土地をかなり手放さざるをえなかったのだ。

「農地には税金の優遇がありますが、先祖が残してくれた作業場や自宅などは宅地と同じ税率なので、土地を売って払うしかありませんでした。でもある程度まとまった面積の畑がないと、専業農家を続けることはできません」。実際、加奈子さんの従兄弟たちは、相続の際に親が畑の土地を物納して手放し、勤め人になる道を選んだ。