過去の経験を助けに、何度も生き直すヒロイン
イヤな予感がして別の道を通った。初めての場所なのに既視感がある。ケイト・アトキンソンの『ライフ・アフター・ライフ』は、そんな誰もが覚えのある経験をもとに、転生の謎にわけ入る長篇小説だ。
のっけの日付は〈一九三〇年十一月〉。主人公のアーシュラが、「閣下(フューラー)」と呼ばれる男をミュンヘンのカフェで射殺しようとしている。しかし、このシークエンスで、彼女の試みが成功したかどうかはわからない。
一転、物語はアーシュラが生まれようとしている〈一九一〇年二月十一日〉にさかのぼるも、臍(へそ)の緒が首にまきついてしまい死亡。この日が、無事生まれるまで一度やり直されるのだけれど、4年後には海で溺死。物語はまたも誕生の日からやり直される。ところが、溺死はまぬがれても、その1年後、今度は屋根から墜落死。さらに誕生の日に戻って、今度こそ無事に成長するかと思いきや、8歳の時に、猛威をふるっていたインフルエンザに罹患して死亡。なんと、このシークエンスは4回繰り返されて、ようやく主人公は子供時代を生き延びるのだ。
この物語でアーシュラが幾度もやり直すのは、死の回避だけではない。誰もが思う「あの時、ああしていれば……」という人生のターニングポイントにおける選択、その失敗もまた、過去世における経験から生まれる予感や既視感の助けを借りながら、やり直していくのだ。第一次世界大戦、第二次世界大戦とヒトラーの非道。作者はそんな激動の時代を背景に、ヒロインに正しく生きる道を幾度も模索させる。冒頭の試みは成功するのか。彼女は最終的にどんな人生を送るのか。生と死の変奏にやきもきしながら読み進めていってください。
著◎ケイト・アトキンソン
訳◎青木純子
東京創元社 3600円