パパを褒めるといいよ

私たち夫婦はどちらも「自分が被害者だ」という感覚に陥った。改善は相手が先だと思っていたのだと思う。残念ながら本格的な改善に取り組むことはできず、喧嘩が増えていったように思う。

「離婚する!」と私は口癖のように言っていた。それは100%本気ではなかった。

「そういうこと言うと、本当にそうなるよ」と、夫。

「なればいいし」

「……」

そして、いつしか本当に彼が離婚を決めたとき、「えーー」と思ったけど、「え――」と言う勇気はなかった。私は弱いから、甘えてるだけだから、私の言葉なんて大した攻撃力はないから、という勘違いで、彼をおおいに傷つけたと思う。その件は、反省を通り越して、倒れたかった。

本連載がまとまった青木さやかさんの著書『母』

小川菜摘さんに、「たとえ離婚してもパパを褒めるといいよ、パパをキライになると本当にかわいそうだから。それは母の役目だよ」と教わり実行している。先輩絶対主義です。

「パパ凄いね!餅つきがうまいって学校で話題になってる」「パパが仕事してくれてるからごはん食べられるね」「パパカッコいいね」

これらを言うのは勇気がいった。ギリギリギリ〜と歯ぎしりをしながらも笑顔を作って娘に言っていたものだ。えらいもので慣れてきたら、九九を言うようにスッと出るようになった。これを結婚生活で言えていたら離婚はしなかったのではなかろうか。離婚しても、努力は続くのだ。バカな私は離婚したから初めて努力を始められたのかもしれないけれど。

離婚したときラジオでたまたま聞いていた子育ての専門家の話が耳に残った。

「子どもはたくさんの目や手を借りてみんなで育てましょう」

なるほど。私は悪い人間だとは思わないがバランスがとれているとは思えない。娘はいろんな方と関わってほしいと願っていた。そこから、これもまた私の苦手分野であった「世間様との共生共存」を目指すようになる。

世のシングルマザーの方がどう感じるかはわからないが、私は、特に子どもが小さい頃は不安が大きかった。離婚はかなり心身のダメージを私に与えたし、やはりいいイメージはなかった。「離婚していると、この幼稚園はムリだよ〜」なんて会話が普通に聞こえてくると、その幼稚園に入れたいわけではないが落ち込んだ。