『敵の懐に飛び込め』と『敵をポケットにねじ込め』

しかし、そんな苦労の連続のなかで岸さんが得たものは、「負けてもめげない、負けたなかから何かを学び取る」こと。その収穫こそが「負けて勝ちを取る」の真意だ。「気づいたら、試練に耐えたぶんだけ、したたかな強い女になっていましたね」とやわらかく微笑む。「『敵の懐に飛び込め』という日本のことわざと、『敵をポケットにねじ込め』というフランスの言い回しの“両刀使い”になりました」。離婚後は誰にも頼らず、フランスでひとり娘を育て上げ、バルト三国やイランに出向き、ジャーナリストとしての活動も始めた。

近年も娘の国籍問題やパリの自宅兼事務所のある建物の住民訴訟などの課題を解決するため、パリと日本を行き来してきたが、今年はコロナウイルスにより渡仏を断念。娘と孫たちの来日も見送られており、ひとり暮らしの自宅で執筆に集中する日々だ。

「コロナ前も今も、生きる姿勢に変わりはありません」という岸さんだが、「コロナで私が恐れている唯一のことは、地域主義が進み、国際的な感覚がなくなって、世界中が閉じこもった国ばかりになってしまうこと。それが一番怖いですね」と眉を曇らせる。

記者から88歳に見えない元気の秘訣を問われると、「秘訣があるとしたら、自然体で暮らしていること。何かに見栄を張ったり、できないことをやってみようと思ったりしない。自分にできることを誠心誠意やろうと思うだけです」と晴れやかな笑顔を見せた。