《ラフ&ロウディ・ウェイズ》ボブ・ディラン
難解だけどすごく面白い「謎解き」

まさかボブ・ディランから、こんなコロナ見舞いとも言える言葉を添えて新譜が届くとは夢にも考えていなかった。

「私のファンと熱心なフォロワーの方々へ、長年のご支援とご献身に感謝を込めてご挨拶いたします。このたび公開するのは以前録音した歌で、皆さんに興味を持っていただける未発表曲です。どうぞ安全に過ごされますように、油断することがありませんように、そして神があなたと共にありますように。ボブ・ディラン」

このメッセージと共に、3月27日午前0時、ディランのオフィシャルウェブサイトにアップされたのが、彼にとっては初めての全米No.1シングル曲となった〈最も卑劣な殺人〉という16分57秒におよぶ長い曲だった。

ちなみに今まで最高にヒットした〈ライク・ア・ローリング・ストーン〉は、1965年9月に全米2位で終わっている。

今回の新譜は、その曲を収めた8年ぶりのオリジナル・アルバムになる。

ボブ・ディラン、79歳。2016年にノーベル文学賞を授与されて以降では初の書き下ろし10曲を収めたスタジオ録音盤で、“以前録音した”と言うけれど、コロナがなければ来日していたはずの今年4月より少し前の1~2月頃に、カリフォルニアのサンタモニカでレコーディングされたものらしい。

バックには、日本に一緒に来るはずだったギターのチャーリー・セクストンやボブ・ブリットなど5人のほか、最近素晴らしい活躍をしている女性シンガー・ソングライターのフィオナ・アップルやキーボードのベンモント・テンチなどが参加している。

日本盤の解説を書いているのは、ディランを語らせたら誰も及ばない菅野ヘッケルさんと萩原健太さん。萩原さんは曲目の解説の冒頭に「いつものことながら、深い。と同時に、深すぎて全然わからない」と書かれていて、それじゃ私のような、『ローリング・ストーン』誌が選ぶ「歴史上、最も偉大な500曲」の1位に君臨し続けているディランの〈ライク・ア・ローリング・ストーン〉には意地の悪さしか感じられない人間には、きっとさっぱりわからないだろうと覚悟して聴いてみたら、これがすごく面白いのだ。

お二人の解説が丁寧だったことと、シンガー・ソングライターの中川五郎さんの訳詞が素晴らしくて、テーブル一杯に広げた絵入りの双六ゲームでも解くように、それが難解なら難解であるなりに、自分の頭と心のなかに浮かんでくる映像の意味をさぐりながら、ボブ・ディランが吐く言葉の率直な正直さと、滲み出て来る怒りや滋味や、なによりもクイズのように繰り出される人間の名前と曲名の謎解きに夢中になれたからだと思う。

地味ながら一体感のうちに変化のあるバックの演奏も聴き物だし、ボブ・ディランの歌も決して一本調子ではなく、近年のコンサートがそうであるように、時に「美しい!」とさえ感じるぬくもりがあったりするのだ。

全10曲の中には、もっと詳しく取り上げて語りたい〈偽預言者〉や〈マザー・オブ・ミューズ〉〈キーウェスト〉のような曲もあるけれど、それだけで紙幅が尽きてしまうので、何といってもCD1枚分を占めるジョン・F・ケネディ大統領の暗殺事件を歌った〈最も卑劣な殺人〉について触れておこう。

ここに出てくる人名は、ディランがリクエスト曲を次々に送るDJのウルフマン・
ジャックを筆頭に100を超えるから大変だ。

事件が起きた1963年11月22日のダラス、テキサス。ウルフマンはアメリカのどこで喋っていたのか? ビートルズが出て来るのは翌年だったし、ウッドストックまではあと6年。今も謎のまま残されたこの事件を、57年を経た今になって、ディランと共に考えることができるだけでも、この体験には価値があると思う。

ラフ&ロウディ・ウェイズ 
ボブ・ディラン 
ソニー 3000円