落花

著◎澤田瞳子
中央公論新社 1700円

奔放な想像力で浮かび上がる
いままでにない将門像

坂東の地で各所の国衙(こくが)(政庁)を相次いで攻め落とし、最後は「新皇」を名乗って独立国家の様相を呈するにいたり、平安貴族の心胆を寒からしめた平将門。これまでに幸田露伴や大岡昇平、吉川英治や海音寺潮五郎など多くの作家が、この勇猛な武人を題材として取り上げてきた。

だが本作のような女性作家の手による「将門もの」はめずらしい。宇多天皇の孫で、もと仁和寺(にんなじ)の僧・寛朝(かんちょう)がこの物語の主人公である。寛朝は従者の千歳とともに京からこの地に下ってきた。寛朝は師と仰ぐ楽人・豊原是緒(これお)(心慶)の後を追っているのだが、千歳もまた琵琶の天下十逸物の一つ、有明の行方を密かに探っている。

有明はいま盲目の傀儡女(くぐつめ)あこやの手元にあり、無明と呼ばれている。この琵琶の争奪が将門の乱と絡む趣向で物語は進んでいく。寛朝の視点は将門を討伐する平貞盛・藤原秀郷軍の側にあるが、中立地帯ともいうべき遊び女たちの世界が両者をつなぐ。自身を将門の妹と信じ、互いの境遇の差から「兄」を憎むにいたった如意という女性の心の綾が、この物語をいっそう複雑にしている。

平将門は、こうした物語の背景で鳴り響くサウンドトラックの太い基調音をなす存在だ。寛朝は将門の戦いぶりのなかに〈至誠の声〉を聞き取り、〈坂東には坂東なりの楽がある〉と感じる。香取の海(いまの霞ヶ浦)から吹き寄せる強い風と戦陣で人馬の立てる音を背景に、琵琶の奏でる妙なる調べこそが、この物語の真の主題なのだ。

日本古代史に対する確かな知見が、小説家としての奔放な想像力と組み合わされることで、いままでにない将門像を浮かびあがらせた佳作である。