はじめて見た、人間そのままの最期
夫が旅立っていったのは、それから1年後のことでした。
延命治療をしない夫の死は、まるで樹木が枯れてゆくようにおだやかで、美しいものでした。
病院で行なう治療では最後まで体に点滴をつないでいることが多くありますが、夫は家で亡くなることを決めた時点で「飲めなくなったら飲まない。食べられなくなったら食べない」と決めたので、点滴もしませんでした。
そのため、体内の水分が少しずつ減っていったのです。亡くなる2週間前にはたんが一気に出たため必要最小限だけ吸引しましたが、2日もしないうちに、それも治まりました。たんの材料になる水分もなくなったのでしょう。
その後はおだやかに寝ている状態が続き、やがて尿も出なくなりました。
そろそろだろうか……と覚悟していると、血圧が下がり始めました。そして全身の筋肉がゆるみ始めたためでしょうか、体内に残っていた尿と便がすべて排出されたあと、夫は静かに息を引き取ったのです。
それは私がはじめて見た、人間そのままの最期でした。