『あしなが蜂と暮らした夏』著◎甲斐信枝 中央公論新社 1400円

著者にしか発見できない小さな命のドラマ

甲斐信枝さんは90歳になる現役の絵本画家。本書はあしなが蜂に魅せられた著者が、蜂と暮らしたひと夏のことをみずみずしい文章で綴った初エッセイ。

「暮らした」といってもほっこり系とは違う。実際に蜂の巣を部屋に運んで吊るし、ピンセットで幼虫に餌を与えていたという、まさに「ひとつ屋根の下で暮らした」仰天と発見と感動の観察記である。

それは40年以上前の晩春のこと。京都市郊外のキャベツ畑でスケッチをしていた著者は、青虫の背肉をだんご状に丸めるあしなが蜂を見つける。巣はどこに? と探したところ、納屋の中で「あしなが蜂の団地」を発見する。その日から観察が始まるのだ。

著者独自のカメラワークで細やかに描出されるのは、幼虫のために餌を運び、巣や幼虫を守るために孤軍奮闘する女王蜂たち(母蜂)だ。和菓子のような美しい青虫だんごをつくり、暑い日には口で水をひと部屋ごとに運び、羽ばたきで涼風を送る、なんて信じられない光景。その奇跡の瞬間を著者と一緒に見ている錯覚に囚われる。しだいに母親の気持ちになっていくのだ。

著者はとうとう、3つの巣を、京都から東京へと新幹線で運び、幼虫たちを飼育することを決心する。新幹線移動中のハラハラ、ドキドキの顚末、お刺身をだんご状に丸めた餌を与えながらの観察、そして秋に旅立っていく様子——あしなが蜂のなんという壮絶で尊い一生なのだろう。著者にしか発見できない小さな命のドラマは感涙ものだ。愛や絆、子育てについての多くの示唆を与えてくれる。著者の貴重なスケッチも掲載のお宝本だ。