食べたくなる本

著◎三浦哲哉
みすず書房 2700円

食べることへの真の愛情

はやりのインスタグラムでは、食べ物は完全にファッション扱いされている。食べることは、生物として根源的な行為であると同時に自己表現でもあり、その人の価値観を端的にあらわすから、食べ物の写真で自分を表現しようとするのは自然なことなのかもしれない。

飢えを満たすことがテーマだった時代を過ぎ、社会が豊かになるにつれ、料理の研究家や評論家がどんどん増えた。この本は、そんな「料理を語るプロ」たちを、熱意を込めて解剖する。あまたの料理本を読み、とことんそれらにつきあう。

有元葉子は、ときに読者が目をむくようなレシピを提案するひとりだ。揚げもののコツはただひとつ、上質のエキストラバージンオリーブオイルで揚げることだと言う。有元の愛用するイタリアのマルフーガ社製オイルで揚げものをすれば、かかる費用は莫大。しかし著者は敢然とこれに挑戦し、〈揚げものの概念が揺るがされる体験〉をしながら、有元の料理の根本にある料理哲学にふれるのだ。

4人分のスパゲッティに「2キロ」のあさりを要求する丸元淑生、スープの調理プロセスに「6時間」かけると記す辰巳芳子。そんな仰天の数字の理由も著者は合理的に解き明かすが、手放しで礼讃するわけではなく、理知的な批評が展開される。

調理や食事と動物的な皮膚感覚が密接につながっている高山なおみ、ごはんと味噌汁だけの食卓を肯定することで日本の伝統的な食習慣の美点にあらたな光をあてる土井善晴。どの料理本からも大切な視点を受け取る。この本は、ジャンクフードの価値さえも積極的に探る。たんなる料理名人列伝ではないところに、食べることへの真の愛情があらわれている。