『美術/中間子 小池一子の現場』著◎小池一子 平凡社 3000円

 

なにものかに「なる」のではなく、なにかを「する」

クリエイティブ・ディレクターとは、わかったようなわからないような肩書きで、その人が実際に作業をしている現場を想像しにくいかもしれない。でも小池一子(かずこ)の場合、そう称するしかないところがある。コピーライターだった頃もあれば、キュレーター活動もあり、デザインもするし教育にもかかわる。無印良品のブランドイメージをつくった人といえば、いちばん通りがよいだろうか。

空前の好景気の時代、しかも西武グループというトレンド牽引役の内部から、きらびやかな消費社会への疑問が生まれたことは興味深いが、それを受けて無印良品のコンセプトを固めたのが小池一子や田中一光などのクリエイターだった。

新しさをつくる仕事にかかわる人は星の数ほどいるが、新しい時代をつくれる人はまれである。創造的な仕事は理解されにくいため、みなどこかで消費者のほうを振り返り、ご機嫌をとりたくなるからだ。しかしそれをしてしまったら、多くの人がすでに知っている楽しさや快感を再生産するループにはまり、新しい価値をつくりだすことはできない。

そういう意味で小池一子は、ひとつの肩書や現場に執着せず、つぎつぎに身をひるがえして新しい場所に踏み出していった人だと思う。

この本は著者の「全仕事」の記録だが、成功者の自伝のような自慢たらしいものではない。ライターを起用して他者の視点から書いてもらう、写真などの取捨選択も他者にゆだねる、という姿勢でつくられている。小池自身の書いた文章は、おりおりに雑誌に寄稿したものなどを中心に集め、「その時代、その環境」での関心事に焦点をあてる構成になっている。

なにものかに「なる」のではなく、なにかを「する」。その実践の記録である。つねに環境を更新している人は、古びない。