『観念結晶大系』著◎高原英理 書肆侃侃房 

 

美しい引力のある言葉に想像をかきたてられて

小説家・評論家としてゴシックや幻想、恐怖の文学を専門としてきた作家が二十余年をかけて作り上げた世界。鉱物や結晶の硬質な存在感が好きな人ならきっと、虚空に浮かぶ結晶がひんやりした言葉の指先に触れられて開花し乱反射しているかのような物語に魅入られるにちがいない。

第一部「物質の時代」は、幾つもの時代と場所で、〈地上を遙かに離れた理想〉を内面宇宙に結晶化しようとした人たちの人生を描く。鉱山技師でもあった十八世紀ドイツの作家ノヴァーリス、哲学者ニーチェら歴史上の人物も登場し、史実に沿いながら創作されたエピソードが巧みに折り重ねられる。たどっていくうちに、読者のなかにも見えない結晶の種がいつのまにか植えられていく。

第二部「精神の時代」は、第一部に登場した人が夢みた異世界での出来事。〈ヴンダーヴェルト〉と名付けられた地で二人の少年が出会い、岩の坑道で生きることを学び、大きな翼を背につけて空を滑空し、成長していく。星英晶、考思石、水銀湖、浮遊晶雲、風来星……異世界の事象を表す語ひとつひとつに美しい引力があり、想像をかきたてられる。想像する読者のなかで、そのとき結晶は育つのだろう。極上のファンタジーが放つ光はこの現実まで届く。

第三部「魂の時代」では、第一部に登場した幾人かのその後が描かれ、〈石化症〉という病気が発生した近未来が展開する。人間的な欲求や執着が失せ、大理石色と化した肌の内側で音楽と詩を響かせて鮮やかな夢を見ながら、永遠のような時間を立ち尽くす石に似た人たち。物語をここまで読んでくると、その姿が何だか妙にうらやましく感じられるのだった。