万葉の秀歌

著◎中西 進
ちくま学芸文庫 1600円

古代人の心に思いをはせて

新元号「令和」の典拠になった万葉集が時を超えて話題になっている。各出版社は万葉集の注釈書や解説本を緊急増刷、特設コーナーを設ける書店も多い。中でも注目されているのは、新元号の考案者として有力視されている国文学者の中西進さんの本書である。4月1日の新元号の発表直後に、中西さんから版元に寄せられた〈「万葉集」は令うるわしく平和に生きる日本人の原点です〉とのコメントを新たに本の帯に載せ、1万部を増刷した。

「令」というと、今日では命令の「令」を思う人は多いが、中西さんによると、令嬢、令息の「令」は本来、善、うるわしさを意味する美しい日本語で、よいことを指令するのが本来の命令だったという。

「忖度」という言葉は本来、相手の気持ちを思いやるうるわしい日本語だったが、困った政官界の人が、権力者に迎合するというふうに誤用し、汚れてしまった。同様に、「ボスの言うことだから問答無用で従え」という誤った用法でも使われてきた「令」だが、新元号で本来の意味が広く知られ、うるわしい日本語として再生した。

万葉集に収録された約4500首から珠玉の252首を精選、鑑賞した本書は、和歌が詠まれた古代の人の心に思いをはせ、生き生きとした万葉調の秘密に迫る。新元号の典拠となった「梅花の歌」の序文〈初春の令月にして、気淑よく風和やわらぎ〉を記したとされる大伴旅人の作は、まさに秀歌である。〈わが園に梅の花散るひさかたの天あめより雪の流れ来るかも〉。梅の花を雪に見立て、さらに雪が「降る」というありきたりな表現ではなく、「流れ来る」とした。そのすごさの背景、旅人の人となりにも迫り、歌を口ずさんだ古代の人々の息吹が伝わってくる。