五輪史上初めて兄妹で同日に金メダルを獲得した阿部選手と詩(うた)選手。表彰式に臨む前、2人は固く抱き合った。兄妹が高校時代から取材してきたジャーナリストが、切磋琢磨し成長した2人のこれまでを振り返り綴る。(取材・文=粟野文雄)
1日で2つの夢が叶った
7月25日。日本武道館で行われたオリンピック柔道女子52キロ級決勝戦。畳に上がる阿部詩に兄・一二三が「頑張れ」とだけ言うと、詩は目でうなずいた。
立ちはだかったのは、フランスの実力者アマンディーヌ・ブシャール。詩は得意の「袖釣込腰」や「背負い投げ」などを繰り出そうとするが警戒されて簡単にはかからない。だが延長戦に入ると相手に疲れが見えだした。高度な寝技「腹包み」でブシャールを押さえ込み一本をもぎ取る。
詩は畳を叩いて喜んだものの、上げた顔は半泣きだった。直後のインタビューでは「お兄ちゃんの試合が今からなのでまだ気が抜けない」と語り、20分後に始まった兄・一二三の男子66キロ級決勝戦に駆けつけた。
兄妹はそれぞれ軽いほうから2番目の階級で、国際試合などで同日になることが多い。控室で妹の金メダルを見届けた一二三は、「今日も妹が先に金メダル。燃えるしかない。絶対やってやるしかない」と奮い立った。
祈るように見守る妹の前で、一二三はジョージアのバジャ・マルグベラシビリ相手に落ち着いた試合運びを見せ、強引な「大外刈り」で『技あり』を奪い、攻め続けた。試合終了の瞬間、妹は笑顔で飛び跳ねたが、兄は喜びを押し殺し、正座してから畳を後にした。以前、父・浩二さんが「一二三はあまり感情を出さず噛みしめるけど、詩は感情の起伏が激しいんです」と言っていたことが思い出される。
試合後のインタビューで、「1日で2つの夢を叶えられた。23年間生きてきて、最高に輝く1日になった」と語った一二三。詩も「小さな頃からの2人の夢でした。ずっと思い続ければ実現するんだな」と喜びに浸った。