ポイント・オメガ

著◎ドン・デリーロ
訳◎都甲幸治
水声社 1800円

言葉の可能性を孤独な魂で
突きつめた崇高な文学作品

現代アメリカ文学の巨星、本国では最もノーベル文学賞に近い作家と見なされているドン・デリーロ。冷戦下アメリカの「裏歴史」を語った『アンダーワールド』など、アメリカの光と闇の歴史を壮大なスケールで描いた大作を発表してきた。

一方で、それらと対極の、静かでミニマムな世界、喪失感を抱く主人公の内面を綴る『ボディ・アーティスト』のような作品がある。そして本書も間違いなくこちらの部類に属する、浮遊感漂う詩的な小品だ。

物語は、映画『サイコ』の上演時間を24時間にまで引きのばして上映している美術館の展示室からはじまる。男が立ったままそれを観ている。無音のまま、信じられないほどの超低速で進む『サイコ』。どんな映像でどんな時間が流れているのか、読み手のイマジネーションを喚起してやまない。

しかし、舞台は一転して砂漠の一軒家に変わる。かつてイラク戦争時のアメリカ政府のブレーンだったエルスターが暮らす家だ。そこに映像作家の〈私〉が訪ねてくる。〈私〉はエルスター自身が経験を語るという映画を撮ろうとしていた。ほどなくエルスターの娘もやってくる。それをきっかけに話し出すエルスター。戦争のこと、自責の念、娘への愛。そして〈人間の精神はあらゆる方向から内側に向かって超えていく。それがオメガ・ポイントだ〉という。

低速『サイコ』の上映展示室や荒涼とした砂漠の一軒家によって、途方もない空間と時間に包まれる男たち。孤独な精神が研ぎ澄まされ、純化されていく。内なる宇宙に向かって分泌され、溢れ、広がる「意識の流れ」がみごとに言語化されている。言葉の可能性を孤独な魂で突きつめた崇高な文学作品だ。