悪魔の囁きが心をよぎる
もちろん、ホームヘルパーをお願いすることもある。しかし、費用がかかるうえ、最初の担当者の性格がきつく、仕事が雑だった経験が胸にわだかまっていて、できる限り頼りたくないと考えているそうだ。
疲れきった美奈さんの心をもっとも傷つけるのは、近所の人や同僚からの「財産目当て」を疑う心ない言葉だ。法的に相続の権利はないのに、「あの方、財産いっぱいあるんでしょ?でないと、そこまで面倒みられないわよね~」と言われたことも。
「その言葉を耳にするたび、悪魔の囁きが心をよぎるんです。『無償で他人の世話をするなんてバカみたい。放り出しちゃえば?』って。そんな自分が怖くなります」
実際、達也さんから「これ以上、美奈さんに迷惑はかけられない。介護付き老人ホームに入れてくれ」と頼まれたことがある。探してはみたが、良質の施設はどこも満杯。そのことを伝えると、達也さんは「劣悪な場所でも、俺はまったくかまわない」と言い張ったそうだ。
「私を第一に慮(おもんぱか)るその姿を目の当たりにして、やはり私が看続けようと」
その思いを後押ししたのは、息子だ。今年、大学を卒業した息子は、「僕も介護を手伝うよ」と、美奈さん宅から通える距離の会社を選んで就職。同居を再開してくれたのだ。
「実は達也さん、俺が大学の寮に入る日、こっそり激励の手紙と3万円の入った封筒を渡してくれたんだ。でも、親父は俺らを捨てたきり音沙汰なし。親父が野垂れ死にしたって無視だけど、達也さんは支えていきたい」と息子は語り、美奈さんをサポートしている。
「血の繋がりより心の繋がりなんだなぁって気づかされました。介護がいつまで続くかはわからない。不安は山積みですが一歩ずつ歩いていきます」と美奈さんはほほえんだ。
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少子高齢化に伴い、遠縁の人を看取らなければならないケースは、これからもどんどん増えていくだろう。いずれわが身にもふりかかるかもしれない。3人の経験を噛み締めて、それなりの覚悟をしておきたいと思う。