整然とした引き出しに思わず苦笑い
人が来ても決して開けないドア。見せられないところ。それが私の仕事部屋だった。
「片づけてあげようか」。姉は信じられないほど几帳面で、無類の整理好き。同じ姉妹なのにどうしてこうも違うのか、と母は嘆くが、そんなことはわかりきっている。私は母に、姉は父に似たからだ。
亡くなった父はとても几帳面な人だった。台拭きやテレビのリモコン、携帯電話など、テーブルの上にあるモノすべてが平行に並んでいないと気が済まない。外食をするときは店員に台拭きを借りて、テーブルの自分の前だけを拭き清めるほど神経質だった。
そんな父に似た姉だ。うちに来ると、プロ並みの仕事をしてくれる。もちろん彼女の家は、押し入れの天袋から換気扇の奥に至るまで、目が行き届き、ほこりひとつない。モノが溢れかえったわが家と違い、いつも清潔でシンプル。いつだれが来ても決してあわてることがないほど整えられていた。
姉がうちに来て、キッチンやリビングの整理をして帰ったあと、私はあらゆる引き出しを開けて苦笑いする。きちんと並んだタオルの列、きれいに畳んで仕舞い込まれたレジ袋、密閉容器に移し替えられた小麦粉や鷹の爪。正直、ありがたい。その整然とした形を目にすると気持ちがいい。だが、自分でもそうしようとは思わない。
そんな姉ではあるが、私の仕事部屋だけは手をつけない。一度、整理されて大騒動になったことがあったからだ。
「机に置いてあったピンク色の書類知らない?」。姉が帰って3日後のこと。重要書類がどこにも見当たらない。「机の上にない?」。能天気な姉の声にイライラする。「ないから、訊いてるの」「もっとよく見てよ」「ない。あれがないと大変なんだけど」。
姉の声に緊張の色がにじんだ。「ゴミ袋の中を見てみて」。「今朝、ゴミの日で、もうここにはない」。電話の向こうで息を呑む気配が伝わってきた。「どうしよう……」「もう! 余計なことはしないでって言ったでしょ」。
以来、姉が私の仕事部屋に入ることはなくなったので、部屋は汚くなる一方だ。ピアノのふたやイスの上には本や書類が積まれ、下には最近壊れた炊飯器と、もう使えない座椅子が置かれている。ドアのすぐ横には段ボールの山、そしてしまい忘れた加湿器。いわば、物置のような状態だった。