ゴミに埋もれても捨てられないもの

ところが最近、見るに見かねた姉がある提案をしてきた。「ピアノを処分すれば? 部屋も広くなって使いやすくなるんじゃない」。

以前は、この狭い6畳の部屋にピアノばかりか電子オルガンまであった。それを2年前、姉の勧めで処分したのだ。少し壊れていたので惜しくはなかったが、大型ゴミのトラックに入れられ、バリバリと派手に壊されていく音を耳にしたときは、胸がきりりと痛んだ。

今度はピアノか……。幼少のころからピアノを習い、大人になってからは長い間それを仕事にしていた。辞めて10年。その間、一度も鍵盤に触れていない。

「もう弾かないでしょ。要らないのでは?」。そう言われても、うなずくことはできなかった。たとえこの部屋がゴミに埋もれてしまっても、ピアノだけは処分するわけにいかない。「それはイヤ!」、私はきっぱりと言った。

モノが溢れかえる部屋にでんと置かれたピアノ。その上には本や書類が積まれ、今は弾くなと拒絶しているかのようだ。

私とて、このままでいいと思っているわけではない。いつかピアノのふたを開ける日が来る。そのときにはきっとこの部屋のすべてのモノがあるべき場所に収まり、私の奏でる音に耳を澄ませてくれるだろう。それまでは、ゴミに埋もれて、もぐらのように、日がな一日閉じこもることにしようと思っている。


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