ボランティアで地域に根を下ろした実感

そんなとき目に留まったのが、「音訳ボランティア」の募集だった。目の不自由な人や高齢者向けに、本や雑誌などの印刷物を音声にしてわかりやすく伝える仕事。文章にない写真やグラフも、自分で説明を加えて具体的に音声化していくのだという。母親の介護相談で区役所に行ったときに目にして興味を抱いたものの、そのときは余裕がなかったのだ。

「本が好きで出版社に勤めていた私には、ぴったりのボランティアだと思いました。とはいえ、思うほど簡単な仕事ではありませんでした。自分の個性で自由に読み上げる朗読とは異なり、文字を点字にしていく点訳同様、独特のルールに基づいて音声にしていくのです。一人前の音訳者になるには、自治体の主催する養成講座に通い、自主グループに入ってトレーニングしなければいけません」

パソコンに音訳専用ソフトをインストールし、マイクで音を入れる。トレーニングはけっこうハードだったが、井沢さんは夢中になった。

「それまでは、朝出社して、夜は帰宅して寝るだけの毎日でしたから、地域のことも知らず、隣近所の人の顔も判別できないくらい。でも、音訳の勉強を始めてからは音訳グループの人と話したり、図書館に通ったり、毎日が新鮮で楽しかったですね。地域に根を下ろした実感があって、新しい生活が始まったようでした」

地域とは無縁だった40年を取り戻すかのように、井沢さんのボランティア生活が始まった。区役所の掲示板で「体操指導員募集」の貼り紙を見かけて応募したのも、前向きな気持ちのなせる業だった。

「何にでも積極的に取り組もうというハイな気分になっちゃって。近所の公園で行われる高齢者のみなさんを対象にした体操教室のお手伝いですが、これでも地域では若いほうだったから重宝されたんですね」

音訳ボランティアや体操指導員のほかに、障がい者の作業所で軽作業を手伝ったりもしている。

そんな日々のなかで、ボランティア仲間も増えたころ、「民生委員」に推薦され委嘱を受けることになった。

「民生委員なんて責任が重くて躊躇しましたが、“乗り掛かった船”で引き受けちゃいました。民生委員は75歳で定年らしいのですが、次になる人を見つけないと辞められない、と前任の方が困っていたのでつい」